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作品名:仙珠伝奇 作者:ジン 竜珠

第85回 85
 竜聖の家に隠しておいた混沌陰陽盤は、実に便利な代物のようだった。
 これを使うことで、ある程度なら仙珠のことがわかるようだったし、さらにこれには方位磁針のような働きがあって「道」を開くのに最適な方位や、時間までをも割り出すことが出来るのだそうだ。
 竜聖には、さっぱりわからなかったが。
 翌日、早朝からほぼ一日をかけ、悠姫たちは「道」を開くことに成功したようだ。
「ただし、簡易的なものだから、専門の方にもっとちゃんとしたものを作っていただかないといけないのだけれど」
 悠姫の言葉は、もちろん「喩え」である。正確には、「神仙界と人間界を行き来する類(たぐ)いの呪」がすべて無効になっている状態から、「特定の時間帯」に、「特定の場所」で、「特定の組み合わせの神咒」を唱えるならば、往来が出来るようになっているだけなのだという。ちなみに今いる場所は、竜聖の住む街から、やや北に位置する山の中だ。
「それでは、僕は一足先に帰っておきます」
 伝達の任を自ら引き受け、兵摩が空間のゆらぎの中へと入った。その時、竜聖に向かって微笑みかけたのは、どういう意味があったのだろうか。
 そんな風に考えていると、悠姫が口を開いた。
「ねえ、竜聖。あのこと、なんだけど」
 もじもじした仕草が、妙にかわいらしい。
 竜聖は思わず口元がゆるむのを覚えたが、意識して、引き締めた。だが、言葉を出した時、自然に柔らかな笑みが浮かぶのまでは押さえなかった。
「ごめん、やっぱり俺、ここに残るよ。何か、『人として頑張る』って、千岳大帝と約束しちゃったような気がするんだ。それに」
 続きを言いかけた竜聖を制して、悠姫が言った。
「うん、それがいいよ。君はまだこっちに来ちゃいけない。かわいい妹さんもいるしね」
 ついでにウィンクなどもしてくる。
 耳まで熱くなるのを感じながら、竜聖はひたすら謝った。
「ごめん、君を護る、なんて言っておいて、今更なんだけど」
 だが、夕日を受けて、悠姫は優しげな笑みを浮かべている。
「うん、その言葉だけで充分だから。短い間だけど、本当に私をわかってくれて、ありがとう」
 その言葉で、竜聖は思い出した。
「そう言えば、君から預かった心臓は?」
「あげるわ。多分、竜聖と完全に同化していると思うから」
 その言葉には、言葉以上の意味が含まれているようだ。
 お互い、見つめ合う。
 そしてどちらからともなく歩み寄った。
 二人の唇が重なり、影が一つになる。
 長い長い抱擁の時のあと、名残惜しそうに離れると、悠姫は明るい笑みを浮かべた。
「じゃあ、帰るわね。あれだけ体霊がコントロール出来るんだから、君の体が怪物に変化(へんげ)することもないと思うわ。それから、いつも使えるわけじゃないとはいえ、人を超えた力を手にしちゃったこと、忘れないで。……向こうが落ち着いたら、時々遊びに来るわ。浮気しちゃ、ダメよ」
 そう言ったあと、彼女は苦笑いを浮かべた。
「ウソウソ、彼女の一人ぐらい作って、青春を謳歌(おうか)しちゃいなさい!」
 思わず竜聖も「おう」と頷いた。
 その言葉に親指を立てて見せると、悠姫は静かに言った。
「それじゃあ、帰るから」
 夕日を浴びて微笑む悠姫の体が、霞に包まれるように薄れていく。そして完全に消え去る直前、彼女の瞳から涙がこぼれ落ちたように見えた。

 それから竜聖はどれくらいそこにいただろうか。もう日は完全に沈み、夕闇が辺りに迫っていた。
 たたずんでいた竜聖は大きく息を吸い、両手で自分の頬を勢いよくはたいた。
「よし!」
 気合いを入れるように頷くと、彼は二人が消えた場所に背を向けて歩き出した。
 夏休みは、もうすぐだ。
 今年は、これまでとは違って、少し積極的に振る舞ってみよう。
 そう思いながら、竜聖は一度だけ振り向いた。
 そして口元に柔らかく笑みを浮かべると、再び前を向いて歩き出した。

〈了〉


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