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作品名:仙珠伝奇 作者:ジン 竜珠

第79回 第六章・五
 竜聖……、逃げて……。
 竜聖君……。逃げてくだ……さ……い……。
 テレパシーなのだろうか、竜聖の頭の中にはっきりと二人の声が届いたのだ。そちらを見ると、悠姫も兵摩も、首だけをこちらに向けている。だが、それが精一杯らしい。
 二人が生きていたことが、純粋に、嬉しい。だがそれ以上に思うのは、今のこの絶望的な状況に対して、何も出来ない自分がとても惨めということだった。そしてそんな思いを一蹴して、飲み込んでしまうほどの恐怖心。
 いつの間にか流れ出していた涙は頬を伝い、止まる気配がない。
 ふと見上げると、鬼は竜聖の目と鼻の先まで迫っている。その時、彼の目に飛び込んできたのは、鬼の脇腹に刺さったままの紫火七星だった。
 本当ならこれが切り札になるはずだった。なのに、まったく効力がない。これが役に立ってくれていたら、と思うと竜聖は、やり場のない怒りさえ覚える。
「さて、小僧、腕からがいいか、それとも脚からか?」
 突然、声がした。その方を見ると、鬼の笑った顔がある。残忍極まりない表情とはこのことをいうのだろう。竜聖が何か言う前に、鬼は竜聖の左手首を掴み、彼を吊り上げた。
 なす術(すべ)もないとはこのことか。恐怖心から竜聖は指一本動かすことが出来ないでいた。
 鬼は空いた方の手で竜聖の左の二の腕を掴んだ。そしてそのまま肘関節の逆方向へ折る。それはまるで蛇腹のついたストローを曲げるかのような何気ない仕草だった。
 苦痛のないのが幸いだった。竜聖の左腕は、肘が全く逆の方へと折り曲げられているのだ。小さく聞こえた音は、骨の折れる音だったのかも知れない。
 次に鬼は、竜聖を地面に落とした。右足を掴み、足首のところを起点にして三百六十度回転させる。骨の折れる音と腱の切れる音が同時にしたような気がした。
 こんな風にして鬼は、鼻歌でも歌い出しそうな感じで、竜聖の体をいじくった。
 竜聖はそれを、どこか遠くから眺めているような気分で、見ていた。

 竜聖の体で遊ぶのにも飽きたようだ。鬼は立ち上がって言った。
「儂はキサマらのような弱き者ではない! 世界を変えるのは儂のような、本物の『強き者』でなければならぬ! 所詮、キサマらは弱き者。儂に刃向かうという気概だけは誉めてやるが、それだけでは何にも出来ぬ」
 竜聖はちょうど木にもたれるようにして座り込んでいた。四肢はあるべき位置に存在していたが、中の骨はおそらく何の役にも立たないだろう。事実、よく見ると、脚は両方とも投げ出しているのに、足の裏は両方とも、しっかりと地面をとらえている。
 鬼と化した千岳大帝が竜聖の体で遊んでいる間に、悠姫も兵摩もわずかながら再生したようだ。だが、戦いを続行出来る状態でないことは、明らかであった。
 背を向けて去っていく鬼を見ながら、竜聖の目から涙があふれてくる。それは苦痛によるものではなかった。
 鬼が悠姫の近くを通りかかった時だった。彼女は何か呪文を唱えていたのだろう、鬼に向けて掌を向けた。だが、そこから放たれたのは、わずか一本の青く細い電光のみ。鬼が高笑した。
「よかろう、この剣は返してやる。これで儂の腹でも首でも斬るがよい」
 そう言うと、鬼は脇腹に刺さった紫火七星を抜き取った。そしてそれを逆手に持つと、そのまま悠姫の下腹(したばら)へと突き込んだ。
 悠姫が絶叫する。剣の刺さった下腹(かふく)部から、稲妻のような七色の光と、白い煙が湧き出ているのが見えた。
「フン。どうせここで果てる命。子を生(な)すことなどあるまい。ならばこの『臓器』も不要ではないか」
 言いながら鬼は、悠姫の体内をえぐるように剣を動かした。
 悠姫は泣いていた。苦痛を感じているはずだが、それとはまた別の涙のようだ。それを見た時、竜聖の心に熱い奔流が起こった。


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