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作品名:仙珠伝奇 作者:ジン 竜珠

第78回 第六章・四
 その時のすさまじさは、竜聖は生涯忘れることはないだろう。空気中に地震が起きるとすればこんな感じかと思うほどの振動が起こり、雷が直撃すればこんな感じかと思うほどの痺れと熱が襲いかかり、台風が百個集まったらこんな感じかと思うほどの突風が荒れ狂い、富士山の下敷きになったらこんな感じかと思うほどの圧力がのしかかってきた。
 それが収まって、どうにか起きあがった時、竜聖が見たものは、もはや千岳大帝ではなかった。
 形相は「鬼」のそれに似ており、頭の両側からは天に向けて湾曲した角が生えていた。体は以前の倍はありそうなほど大きくなっている。体表を覆っているのは、ウロコだろうか。規則的に配置された菱形のそれは、鈍い銀光を放っていた。
 そう、光を反射しているのではなく、それ自体が光を放っているのだ。
 悠姫も警戒しているようだ。兵摩は、エネルギーの充填が不十分らしく、呪文を唱え続けている。
 兵摩の様子を片目で確認すると、悠姫は挑発するように千岳大帝、否、銀色の鬼の周囲を時に駆け、時に浮遊した。
 鬼は一向に動く気配はない。
 地上で円を描くように鬼の回りを巡り、間合いを計る悠姫だったが、鬼の左側に来た時だった。隙でも見つけたか、それとも焦れてしまったのか。気合い一閃、鬼目がけて踏み込んだのだ。そのまま直進し、鬼の左脇腹に紫火七星を突き立てる。一瞬、火花に似た光が閃いた。
 勝負あった。そう思った竜聖は、思わず「やった!」と歓声を上げかけて、凍りついた。
 鬼が口の端を上げて笑ったのだ。そしてゆっくりと悠姫の方に頭(こうべ)を向けて言ったのだ。
「それで?」
 悠姫の表情も凍りついた。唯一、千岳大帝を倒せる武器だったはずの紫火七星が、通用しないのだ。
 笑いが堪えきれなかったようだ。鬼が哄笑(こうしょう)した。
「素晴らしい! この宝剣でさえ、儂を滅ぼすことが叶わぬとは!」
 言いながら、鬼は左手で悠姫の頭を掴んだ。悠姫の抵抗に毛筋ほども痛痒を感じないのだろう、笑いながら鬼は、右手を悠姫の腹に突き込んだ。
 くぐもった悲鳴を上げて、悠姫が吐血する。鬼はそのまま右手を引き抜いた。その手には悠姫の腸(はらわた)が握られている。
「未(いま)だ『体』には、『内臓』が必要だという、『思考』と『思念』から脱却出来ておらんのか。だからキサマは仙胎を得ることが出来んのだ、未熟者めが」
 鬼が吐き捨てるように言った。だが、悠姫の耳に届いているか。鬼の左手の束縛をなくした悠姫の体は、そのまま仰向けに倒れた。そして鬼は、倒れた悠姫の胸を左足で踏みつける。
 何かが折れるような音、柔らかい物が潰れるような音に混じって、悠姫の苦鳴が聞こえた。
「悠姫!」
 エネルギーの充填は充分ではないようだが、たまらず兵摩が飛び出した。
 鬼はそれを見ると、右手に持った悠姫の腸を、まるで鞭を扱うように振るった。悠姫の腸は、さながら紅いロープのように伸び、兵摩の首に巻き付く。
 一瞬の判断でその戒めを切り捨てようとしたのだろう、兵摩が虚空から剣を出した瞬間、鬼は一気にロープを引き寄せた。バランスを失った兵摩の体は宙を飛び、そのまま引き寄せられた。そして鬼が左手を拳にして突き出す。兵摩の背中から鬼の左手が、生えてくるのを、竜聖は見た。
 動かなくなった兵摩を地に投げ捨てると、鬼は竜聖を見た。
「キサマには仙術は効かなかったなあ。それなら、儂がこの手で、その腕をもぎ、足を引き抜き、臓腑を掻き出してやろう」
 悠姫の腸を投げ捨て、鬼がこちらに向かって歩いてくる。
 腰が抜けてしまったのだろうか。竜聖はその場にへたり込んでしまった。
 体の震えが止まらない。歯の根が合わない。後ずさりたくとも、腕にさえ力が入らない。
 恐怖、恐怖、恐怖、恐怖!
 支配するのは、ただひたすら恐怖だけだった。
 その時、頭の中に飛び込むかすかな「声」があった。それは弱々しかったが、誰のものかは、はっきりとわかった。


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