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作品名:仙珠伝奇 作者:ジン 竜珠

第74回 第五章・十二
 実際に千岳大帝のところへ向かうのは、夜明けを待つとのことだった。兵摩が調べてきた限りでは、千岳大帝はまだ本調子ではない。実際、時折姿を見せるものの、本格的に活動を再開する素振りは見せないという。それに、こちらも出来る限りの準備はしておきたいのだ。
「それじゃあ、明日の朝、迎えに来るわ」
 竜聖の家のリビングで、悠姫は言った。いつの間にか夕闇が迫っている。あれから時の経つのも忘れる程、修練に集中したつもりだが、竜聖の心の中は自信どころか不安だらけだ。
「私の方は、識神による『伝令』はすませたし、あとは英気を養うだけね」
「伝令、て?」
 悠姫の言う言葉の意味が今ひとつ、つかめず、竜聖は問う。
「この世界には、私たちの他にも、竜夢神仙界やほかの神仙界から来ていて、千岳大帝の『呪』のせいで取り残されてしまった神仙たちがたくさんいるの。それだけじゃなく、いろんな神秘体系で『力』を得た者たちもいるわ。そんな彼らに、『一切手出ししないで』てお願いしとくのよ。身内のことだしね」
 この間の戦いの前にも、そういう「伝令」を発したのだという。
「できれば私たちの手で片を付けたいし」
 そう呟いた悠姫は、どこか寂しげであった。
 しかしそう見えたのも束の間、悠姫は一転して明るい声で言った。
「明日はたいへんだから、君も今日は夜更かししないで、体力を温存しときなさい。いいわね?」
 まるで、部活の対外試合でもあるかのような口調だった。竜聖は、複雑な思いで、悠姫の背を見送った。
 ふと気づいたように、壁の時計を見る。
 午後七時。
 竜聖は電話に手を伸ばした。一瞬ためらったものの、登録してある電話番号を呼び出す。
 コール音は四回。そしてそのあと、懐かしい声が耳に届いた。
『もしもし。鴻野ですが』
「美凰か?」
『え? あ、お兄ちゃん?』
 その声は、間違いなく妹の美凰だった。
『どうしたの、急に?』
「え? う、うん、何ていうかさ、ほら、最近、電話してなかったから、どうしてるかな、て」
『あー、そういえばお兄ちゃん、三日に一度は電話って約束してたのに、ここ一週間、電話くれてないよね。こっちからかけても、留守電だし。ダメだよ、約束は守らなきゃ』
「そうだな、ごめん」
『でも、カノジョとデートなら、仕方ないかも』
 受話器の向こうで意地悪な笑みでも浮かべているのだろう、かすかに漏れてくる笑い声を聞いていると、竜聖は自然に声が詰まってしまう。
「そんなんじゃ、ねえよ」
『あれ、お兄ちゃん、どうしたの? 声が震えてるみたい。それに、鼻声みたいだし』
「お前の気のせいだ」
『そうかなあ、もしかして風邪ひいてるの?』
「違うって」
『ふうん。あ、そういえばさ、お兄ちゃん、三、四日前の夕方、隣町に行かなかった? あっちゃんがお兄ちゃんに似た人を見たんだって』
「亜津紗さんが?」
『うん。何か思い詰めているような表情だったから声をかけたんだけど、気がつかなかったって。あっちゃんも車に乗ってて信号待ちだったから、それ以上は追いかけられなかった、て言ってるんだけど』
「……人違いだよ」
 思い当たることはあったが、竜聖はとぼけることにした。幸い、美凰は竜聖とのおしゃべりの方が優先するようで、それ以上追求して来なかったのは、竜聖としてもありがたかった。
『お兄ちゃん、夏休みになったら、こっちに帰ってくるんだよね?』
「ん? ああ、そのうちにな」
『ダメ! すぐじゃないと、ダメ!』
 思わず受話器を離してしまう程の大声に、竜聖は胸に込み上げてくるものを感じずにはいられない。
 伯父夫婦は、その晩は帰らないとのことだった。鴻野筋の親戚で結婚式があるのだという。それが遠方とのことなので、今日明日は宿泊し、帰ってくるのは明後日の夜とのことだった。
「大丈夫か、お前一人で? メシとかできるのか?」
『ひっどーい! あたしだってもう中三だもん!』
 こんな具合に、美凰とのお喋りは三十分程続いた。ごく普通にいつものように受話器を置こうとした刹那、美凰が言った。
『お兄ちゃん、絶対、帰ってくるよね?』
 一瞬、何のことかわからなかった竜聖は、ほんの少し答えるのが遅れてしまった。
 だが、それが夏休みの帰省のことだと気づき、竜聖は言った。努めて明るい声と口調で。
「当たり前じゃないか」

 受話器を置いてしばらく竜聖はその場を動くことが出来なかった。
 妹の美凰もそうだが、従姉妹の亜津紗も竜聖のことを気にかけてくれている。今更ではあったが、竜聖の胸の中は自分を取り巻く人々に対して感謝の念で一杯だった。
 一つ、太く短い息を吐いて、竜聖は自分で自分の頬を両手ではたいた。
 明日は必ず勝とう。勝って必ず帰ってこよう。
 竜聖は強く心に誓うのだった。


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