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作品名:仙珠伝奇 作者:ジン 竜珠

第68回 第五章・六
 行った先は、兵摩自身が持っているという異空間だった。白い砂浜に碧い海。中天から降ってくる日差しは、真夏を感じさせる。寄せては返す波の音が、耳に心地よい。背後にあるのは松林だろうか。涼しげな木陰を作り出し、避暑には最適な場所に思われた。
 海には船はおろか島影一つ無い。それどころか人っ子一人いない。
 あらためてここが現実の場所ではなく、違う空間なのだということを実感する。
 ここに来て、竜聖はまず兵摩に頭を下げた。いや、知らず知らずのうちに土下座をしていた。だが、兵摩は柔らかな声で竜聖を許し、手を上げるように言ったのだ。あれは仕方のなかったことなのだ、と。そして、あのあと悠姫と二人で竜聖を自室のベッドに寝かせたこと、着替えは悠姫が行ったこと、太陽の「陽気」に当てるため、ベッドの位置を変えたこと、竜聖は二日間目を覚まさなかったこと、その間、休むことなく悠姫が付き添っていたことなどを話して聞かせた。
 悠姫は、千岳大帝や竜聖との戦い、兵摩の治癒、さらには竜聖の付き添いで疲労がピークになり、今は休息を取っているという。
 それを聞いて、竜聖の胸の中はやりきれなさで一杯になった。悠姫を護ろうと決めたのに、一体、自分は何をしているのだろうと。
 そんな竜聖の様子に気づいているのか、それとも気づいていないのか。兵摩は竜聖の隣で海を見ながら、話し始めた。
「初めて君と会った時、僕は『とって喰おうというのではない』、そんなことを言いましたね?」
 問いかけに我に返った竜聖は立ち上がって、記憶の底をさらってみた。確かにそんなことを言われたような記憶がある。頷くと、兵摩は気配で察したように、話し続けた。
「あれは、嘘でした。僕はあの時、君に敵意を抱いていたのです」
 予想外の告白の内容だった。なぜ、自分は兵摩に敵意を抱かれたのか、まったくわからない。兵摩は、竜聖の動揺など意に介さぬ様子で話を続ける。
「僕が、黒船来航の頃の人間だというのは、お話ししましたね? あの当時のことは君は学校で習ったと思います。多分、人々は混乱した、という程度の内容だったでしょう。でも、実際はそんなものじゃなかった。少なくとも僕が住んでいた辺りの町では、まさに世の終わりが来たような、そんな大騒ぎでした」
 急に始まった無関係の話に、竜聖はほんの少し、あっけにとられた。波の音以外には、これといって音を立てるもののない世界で、それでもとりあえずは、と竜聖は兵摩の話に耳を傾けていた。
「そんな中にあって、何ら有効な手立てを講じようとしないお上に対し、僕は苛立たしさを覚えました。真(しん)にこの国の民(たみ)を思うのであれば、今こそ大和魂(やまとだましい)を発揮して、日(ひ)の本(もと)の栄光を知らしめるべきである。そう思ったんです。僕が数えで十七歳の時ですから、ちょうど今の君と同い年になるでしょうか」
 恥ずかしさで、穴があったら入りたい心境だった。自分と同じ年齢なのに、兵摩は国のことを考えていた。もちろん、当時の国内事情というものもあるだろう。だが、それを考慮しても、自分はどうだろうか。テレビのニュースさえ、ろくに見ないではないか。千岳大帝が「今の世をどう思うか」と聞いてきた時も、よくわからないというのが本当のところだ。
 兵摩は懐かしむような口調で話を続けた。
「でも僕の家は下級武士でしたから、何かが出来るわけではない。その時、僕はあることを思い出したんです。それは僕がまだ七つぐらいの時でした。父はいわゆる浪人者だったのですが、ある祈祷師(きとうし)のご祈祷で、仕官することが叶ったんです。その時に神仏の偉大さを知った僕は、もはや神や仏におすがりするより他にない、と思ったんです」
 そこで身内に内緒で、少し離れた土地の山奧にあるという観音菩薩を祀った祠(ほこら)に籠もったのだという。飲まず食わずで二十一日間、祈り続けるつもりだったのだが、七日目の朝にして、意識が朦朧(もうろう)となってしまったという。そしてその時。
「僕は、もう限界に達していました。その時です、悠姫が現れてくれたのは。その時の僕にとって、彼女はまさしく観音菩薩の化身に違いありませんでした」


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