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作品名:仙珠伝奇 作者:ジン 竜珠

第66回 第五章・四
 いつの間にか楽の音が止んでいることに、竜聖は気づいた。煌竜の側にいる女たちも、笑顔は絶やさないものの、浮かれてはしゃぐ様子はなく、むしろ神妙でさえある。思わず、竜聖は姿勢を正すように背筋を伸ばした。
 そんな様子を見たのか、わずかに煌竜は口元をほころばせて、話を続ける。
「交流を断ってしまうとね、そんな魂の行き場が無くなるんだ。もちろん、最終的には霊界の法則が働くんだけど、それまでは行き場を失って、彷徨(さまよ)うことになる。それに、二つの世界の『澱(よど)み』が浄化されなくなる。今は、お互いの世界を鏡としているんだけれど、それが出来なくなるんだ。エネルギーバランスも狂ってくるしね」
 理解度としては八割ほどであろうか。竜聖は今聞いた話を、何とか頭の中で整理しようと、反芻(はんすう)した。そうしながら、一つの疑問が浮かぶ。
「あの……。あなたは。神界は、黙って見ているだけなんですか?」
 輪廻転生がどうの、などと話が大きくなっているのでは、千岳大帝から仙珠を取り返す云々レベルの話ではないような気がしてくる。おそるおそる発した竜聖の疑問に、煌竜は溜め息をついて答えた。
「例えば、キミは自信を持って完成させた絵に、何か描き足そうと思うかい?」
 彼女の言うことは今ひとつ抽象的だが、何となくわかるような気がする。
「つまり、人間界も竜夢神仙界も完成されたもの、ということ?」
 思いついたことを言うと、煌竜は嬉しそうに顔をほころばせて言った。
「そう! そういうことなんだよ。世界はもう完成されている。一点の不足なくね。あとはそこに住まう者たちが、どう運営していくかなんだ。そして一度任せた以上、彼らを信用しなければならない。ボクたちが直接手を下すということは、彼らを信用していないということ。ひいては彼らに世界の運営を任せたボクたちの判断が間違っていたことも意味するんだ。『成熟する』ということはね、竜聖クン」
 そう言って、煌竜は立ち上がると、竜聖の背後に回り込んだ。それに対処する間もなく、竜聖はふんわりといい匂いに包み込まれた。
 甘い香水のような香りだ。
 竜聖の鼓動が速くなる。
 そんな様子を知ってか知らずか、煌竜は竜聖の後ろから抱きつき、耳元で囁くように言った。
「自分の判断で何かの行動を取り、それに対してすべての責任を負う、ということなんだ。人間界の役目の一つは『魂の修行の場』ということ。その意味では、人間界は完成されている。でも、そこにある魂たちは未熟でその役目に気づけない。だから、世界としては成熟されていない。でも竜夢神仙界は違う。彼らは世界の存在意義を知り、その意義を果たすことでどんな影響が出るかを考え、責任を取りながら動いている。これは立派に『成熟している』と言えるんじゃないかな?」
 何とか煌竜の言葉を耳にとらえているが、正確に理解するのは難しそうだった。何より、背中に当たる柔らかい感触や甘い香りが鼻をくすぐって、話に集中するどころか、自制心をフル稼働させるのが精一杯だったのだ。
「成熟した相手にあれこれと干渉するのは、かえって失礼になる。それがたとえ重大な事態だとしてもね。だからボクたちは極力、直接的な手出しはしないんだ。竜夢神仙界に住む者たちの判断に任せている。ただ、いろんな形で示唆することはあるけど、それを実行するもしないも、彼らの判断に任せるようにしている。それがボクたちなりの礼儀だからね」
 不意に、煌竜がかすかに笑う声が耳に届く。横目に見ると、彼女の目線は下に降りていた。
 視線の先を確認するまでもない。竜聖は耳まで熱くなり、身を縮こまらせた。
「気にすることはないさ。でも、そうだね、イジメるのはこのぐらいにしてあげようか」
 楽しそうな声で言うと、煌竜は離れていった。
 ほっと一息つくと、竜聖は振り返って煌竜を見上げた。
 煌竜は、たおやかな笑みを浮かべていた。青い空にくっきりと映える桜の花。そして、柔らかな風に舞い踊る桜の花びらをバックに立っている彼女は、まるで夢のように美しかった。彼女は幻想的な笑みを浮かべて竜聖に言う。
「ただ、今回は少しばかり状況の推移が特殊だった。仙珠がらみだったからね。そういえば、仙珠のことを、ボクの血が固まったもの、とする伝承があるらしいね。あれは当たらずとも遠からずなんだ。ボクと竜皇姫は協力して竜夢神仙界を創造した。それはね、ボクが竜皇姫の胎内(なか)に入って、そこで夢を見る、という形で行われたんだ」
 正確には、竜体となった煌竜が竜皇姫の子宮に入り、その中で竜皇姫と一緒に夢を見るようにして瞑想状態になったのだという。
「そして世界が完成すると、竜皇姫はボクと一緒に世界を産み落とした。仙珠というのはね、その時の『胞衣(えな)』の欠片(かけら)なんだ。そして同時に、ボクがいる場所への『鍵』でもある」
 仙珠は高エネルギーを生み出す物体だとか、エネルギーの固まりだとか聞かされたが、それも間違いではないという。そして煌竜は竜聖の前に片膝をつくと、その瞳を見た。
「力を制御するのは、強い意志とそれを支える強い思いだ。今のキミには、その二つが揃っている。千岳大帝にもそれはあるけれど、今の彼にはまず第一に力を求めることだけしか、その胸にない。力を求めるだけでは、その力に振り回されてしまう。力を求めるのではなく、その力を使って何をしたいのか、忘れないで欲しい。今のキミになら、それが出来るはずだ」
 彼女の言わんとすることを理解して、竜聖は力強く頷いた。
 それを見て煌竜は満足げな笑みを浮かべると、立ち上がった。
「さあ、行くといい。大丈夫、キミは千岳大帝に負けたりなんかしない。ボクはキミとともにある。成熟に向けて成長するキミのことを、楽しく見守らせてもらうよ」
 その言葉と同時に、竜聖の意識が遠のき始めた。様々な楽器を手にした衣冠(いかん)束帯(そくたい)の貴人たちが、煌竜の背後に見えたと思ったのも束の間、竜聖は深い眠りの世界へと落ち込んでいった。


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