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作品名:仙珠伝奇 作者:ジン 竜珠

第62回 第四章・十六
 竜聖の寝室。ベッドに座っている悠姫。彼女は涙を流していた。切なさに耐えられなくなった竜聖は、悠姫を抱きしめた。悠姫も竜聖に抱きついてきた。胸の中が切なさで一杯になり苦しくなる。そして竜聖は、生まれて初めて他人に対して想った。
 この女性(ひと)を、護ろう、と。
 そして一瞬にして、脳内の映像は変わった。それは悠姫の体験した出来事だった。彼女の感じたことが、直接胸に響いてくる。
 そうかと思えば、本気で「誰かを護ろう」という甘酸っぱい感傷にも似た想いが、胸の中心から全身に広がる。
 再び、悠姫の辛い思い。そして、竜聖が感じた熱い想い。
 それらは交互に、竜聖の中で現れては消える。まるで自動的に切り替わるネオンサインのように、目まぐるしくそして激しく竜聖の脳内を駆け巡った。
 あたかも頭蓋の内部に心臓があるかのような強烈な脈動、そして頭の割れるような頭痛が、突如として竜聖を襲った。
 頭を抱え、地に転げ回る。意味不明の言葉を叫びながら竜聖は、ひたすら転げ回った。時にのけぞり、時にうずくまり、地面を掻きむしり、竜聖は苦痛に叫んだ。
 自分の中に「声」が響いてくる。
 それは間違いなく竜聖自身の声だった。
 力が欲しい、と。
 この女性を護ることが可能なだけの力が欲しい、と。
 だが、もう一つの声が言う。
 今のお前は力を手にしているではないか、と。不思議なことに、これも竜聖の声だった。
 この言葉に、先の声が応える。
 こんな力はいらない、俺が欲しいのは悠姫を「護る」力であって、「傷つける」力ではない、と。
 すると、もう一人の竜聖は言った。
 力に「護る」も「傷つける」もない、それはお前自身の問題だ、と。
 ならば! と、竜聖は「もう一人の自分」に言った。「俺」は「俺」のままで、そして「俺」の意思で、「悠姫を護る力」を手に入れてやる!
 それは、かつてないほど強く、深く、激しく、そして一点の曇りもない決意だった。
 もう一人の竜聖は、かすかに笑っているかのような気配を匂わせた。だが、それは嘲(あざけ)りではなく、むしろ好意的でさえあった。
「いいだろう、君になら出来そうだ」
 はっきりと耳に聞こえた、そんな風に感じたのは気のせいだったろうか。そしてその直後、もう一つの声と言葉が竜聖の頭の中に響いた。
「仙珠の力に呑まれるな」
 悠姫のものに間違いなかった。
 それに気づいた時、不意に頭痛が収まり、胸の拍動も、意識出来ないほどになっていた。
 胸を見ても、紅く透き通っているだけで、心臓やその他の臓器は見えない。あれほど激しく動いていたものは一体何だったのかと思えてくる。
 少し呼吸を整えてから、竜聖は立ち上がった。
 悠姫に目を向けると、彼女は両腕を支えに上半身を起こして、不安げな面持ちで竜聖を見ている。はだけた胸を隠そうともせず。そしてその目からは、涙が流れていた。
 竜聖の身を案じる涙だ。
 直感的にそう感じた竜聖は、胸が張り裂けそうになるのを感じながら、悠姫に歩み寄った。
 悠姫は黙って竜聖を見上げている。その瞳に怯(おび)えた色はない。
 竜聖は悠姫の上着の乱れを直し、呟いた。
「ごめん」
 この言葉に、悠姫が目を見開く。
「竜聖……。正気に戻ったの?」
 声を震わせながらの悠姫の言葉に、頷きながら、竜聖は悠姫の髪を撫でた。
 次の瞬間、悠姫が竜聖に抱きついてきた。
 竜聖も悠姫を抱きしめた。
 胸の中に暖かいものが広がっていく。それと同時に、竜聖は体に「色」が戻ってくるのを見た。紅く透き通るだけだった腕が、少しずつ肉色に染まっていく。
 そして全身に強い倦怠感を感じながら、竜聖の意識は闇に沈んでいった。


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