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作品名:仙珠伝奇 作者:ジン 竜珠

第6回 第一章・五
「待ってください、悠姫。あなたは今は万全ではない。体制を整えて出直すべきです」
 いかなる理由からか定かでないが、兵摩は悠姫の身を案じているのだろう、深刻とも見えるほど真面目な表情である。
 だがそんな彼の言葉を、悠姫は軽くあしらった。
「今の私が万全ではない、その要因を作ったのは、あなたよ」
 決して兵摩を責めるのではない、しかし、一切の感情を排し、反論の余地などない。悠姫の声は、さながら氷でできた刃のようであった。
 一瞬、兵摩の表情が強ばる。だが、彼にもそれなりの言い分があるのか、一瞬口元を引き締めてから言った。
「僕では何の『足し』にもならない、そう言ったのはあなたですよ?」
 悠姫の表情は微塵も動かない。それどころか感情すら微動だにしていない様子である。
「…やはり、この少年は捨て置くべきだったわね」
 悠姫は感情のこもらない冷たい目で竜聖を見ると、吐き捨てるように言った。
「悠姫! あなた、本気でそんなことを?」
 悠姫の言葉がまるで何かの起爆装置だったかのように、兵摩がくってかかった。しかしその表情は哀しげである。
 激昂する兵摩に対し、悠姫はやはり何の感情も抱いていないのか、静かにこう言った。
「『あの男と同じになってしまう』、あなたのその言葉が許せなかっただけよ」
 そして、まるで念を押すように言った。
「いい加減、私に対する幻想は捨てなさい。あなたが私をどんな風に見ていたのか、それはあなたの自由だけど、そんなことで私の行動にいちいちケチをつけないでほしいものだわ」
 そして静かに何かの呪文を唱えると、風を巻いて姿を消した。

 竜聖は破れて血に染まった自分のシャツをもてあそびながら、その場に座り込み、二人の会話を聞いていた。
 というより、そうするしかなかった。
 目の前に大男が現れてからの記憶が、全くない。
 シャツの破れ具合、血の染まり具合なんかを見ると自分は致命傷を負ったのではないかと思えるが、そんな様子はこれっぽっちもない。
 どうやらこの二人が事情を知っているらしいが、なにやら取り込み中らしく、話しかけることがはばかられる。
 そんなわけで竜聖は話を聞いていることしかできなかったのだ。
 そのうち「悠姫」と呼ばれた女性がその場を去った。
 いや、竜聖には「消えた」ように見えたが、彼にはそんなに不可思議なことには思えなかった。
「神秘主義者じゃないつもりなんだけどなあ」
 思わず言葉が口をついて出た。
 普通なら目の前で人が消えるところを見れば我が目を疑うであろう。もしかしたら自分の正気すら疑うかも知れない。あっけにとられるか、さもなくば取り乱して騒ぐかも知れない。
 それなのに彼はこの奇異な現象を自然に受け入れているのだ。
「それは君の中に、悠姫の『心臓』があるからですよ」
 首を傾げた竜聖の疑問に答えるかのように、「兵摩」と呼ばれた男が答えた。
 見上げると、兵摩と目があった。
 兵摩はまるで能面のように、一切の感情を浮かべず竜聖を見下ろしている。
 年の頃は竜聖よりも二つ三つ上であろうか。しかし彼からは例えようもないプレッシャーを感じる。無表情に見下ろされている、ただそれだけなのに、身の置き所に困るほど落ち着かない。一刻も早くこの場を逃げ出したいほど、心が焦る。それなのに体は地面に縫いつけられてしまったかのように、指一本動かすことすら、ままならない。
 鼓動は早鐘のように胸をたたき、口の中が乾ききって、今にもひび割れそうだ。
 竜聖は、まるで自分が罪人になってしまったのではないかと錯覚するほどの、そして自分を見下ろす男が死刑執行人なのではないかと思ってしまうほどの恐怖を感じ、体が震え出すのを禁じ得なかった。


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