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作品名:仙珠伝奇 作者:ジン 竜珠

第56回 第四章・十
 兵摩の言うことが、言葉が、声が、すべてが疎(うと)ましい。
 この疎ましい存在は、根本(こんぽん)から消さなければ駄目だ。竜聖は、そう結論した。
 竜聖は立ち上がり拳(こぶし)を構える。兵摩が溜め息をつくのが聞こえた。
 それがまた竜聖の神経を逆撫(さかな)でする。
 兵摩を視界にとらえながら、もう一つ視界に入っている物があった。
 広場の中央にある岩である。
 ある考えが浮かんだ瞬間、竜聖は走り出していた。瞬く間に岩のところまで着くと、彼はその岩を抱え上げた。
 軽々と上がった岩を見て、発泡スチロールで出来ているのではないかと、一瞬、そんな考えが竜聖の脳裏をよぎる。しかし、そんな思考はすぐに追いやって、竜聖は次なる行動をとった。
 岩を兵摩目がけて投げつける。そして自らもそのすぐあとを追った。
 兵摩が、その岩をよけようと身をかわす。それを見た瞬間、竜聖は全身のバネをきかせて兵摩に飛びかかった。
 岩を投げつけ、それと同時に竜聖が走って向かって来ているとは、思いもしなかったのだろう、兵摩は驚いた表情を浮かべていた。
 そして竜聖は兵摩を押し倒し、馬乗りになった。
 兵摩に呪文を唱える隙を与えず、その首を絞めにかかる。だが、最初の一瞬こそ兵摩は狼狽したようだったが、すぐさま平生(へいぜい)の表情に戻った。その瞬間、竜聖の背中に静電気のような感覚が起こる。
 何事かと振り向いた竜聖の目に飛び込んできたのは、兵摩の姿。今、自分が馬乗りになっているはずの男だった。
 慌てて視線を自分の下にいるはずの男に戻す。
 そこにはただの木ぎれが一本、転がっているだけだった。
 仙術にかけられた。そう思った瞬間、竜聖は振り向きざまに、右の拳を放った。パンチは確かに兵摩の腹にヒットした…はずだった。
 目標をとらえられず、虚しく空を泳いだ拳の勢いに引きずられ、竜聖はつんのめって倒れ込んだ。その直後、圧迫感が竜聖の胸を襲う。
 何者かが竜聖の背中を踏みつけているのだ。
 それが何者か、確認するまでもなかった。
「申し訳ありませんが、少しばかりキツイのをお見舞いします。そうしないと、君を元に戻せませんから」
 冷たい声は、間違いなく兵摩の物だった。そしてその声に宿る、兵摩の感情を竜聖は感じとった。
 それは鋼のような「殺意」。
 この男は間違いなく俺を殺そうとしている。
 竜聖は、そう感じ反撃のために起きあがろうとした。両腕に力を込め、体を起こす。いや、起こそうとした。
 全く体が動かない。
 今度は、さっきよりも、もっと力を入れた。上腕の筋肉が盛り上がり、爪が指ごと地面にめり込む。
 それでも、わずかに数ミリ、胸が地より浮いた程度だった。
 踏みつけられている、ただそれだけなのに、自分は兵摩に全存在を支配されてしまっている。
 悔しい。
 この男に踏まれているだけなのに、金縛りにあったように自分は身動きがとれない。
 それがとても悔しい。
 そしてその悔しさは、あっという間にエスカレートした。
「殺してやる!」
 歯ぎしりをしながら、唸るように言葉を吐き出す。
 兵摩はその言葉を聞いてどんな表情を浮かべているのか。きっと自分を憐れむような表情を浮かべているのだろうと思うと、ますます竜聖の憎しみは募る。
 竜聖の心の中で一つの言葉だけがリフレインを始めた。
 すなわち「殺す」。
 繰り返しその言葉だけを、思う。思うだけで殺せるなら、今すぐキサマを肉一片にまで細切れにして、この世界の端から端までばらまいてやる。
 そんな憎悪を乗せ、竜聖はひたすら念じた。
 繰り返しの回数よりも感情の深さが問題だったのか。
 念じ続けていた竜聖は、自分が今にも強大な力を手に出来るような期待が胸に湧いてくるのを覚えた。と同時に、電気のような力があふれてくる。そしてそれは自分のイメージ通りに動かせるようだ。
 頭の中で、彼は叫んだ。
 弾けろ! と。
 言葉を終えるか終えないか、の境目の時だった。竜聖は体全体から、「力」としか形容出来ない「モノ」が炸裂するのを感じた。それはまるで、しぼんだ状態からいきなり飽和状態に達した風船が、破裂するのにも似ていた。
 炸裂した力の影響か、竜聖の体は重力の支配を逃れ、高々と浮き上がった。その感覚がまるでトランポリンのようで、竜聖は歓声を上げながら、宙で身をひねって着地した。
 振り返ってみると、大岩のあった辺りに兵摩がうつぶせに倒れている。すぐに起きあがったところからして、大きなダメージは与えられなかったようだ。だが、それで竜聖は落胆などしない。
 むしろ、この腕で活きのいい獲物を嬲り殺しに出来る、そんな期待で胸が張り裂けそうなぐらいだ。
 起きあがった兵摩は、竜聖を見て息を呑み、上ずった声を出した。
「りゅ、竜聖君、その姿は一体?」
 言われて見て、初めて竜聖は己(おの)が姿を見た。
 月の明かりの下でさえ鮮やかに見える、紅い腕がそこにある。しかもその腕は透き通っていて、月の光を吸い込みあるいは透過し反射して、あたかも紅い宝石のように輝いているのだ。
 それは腕だけではなかった。
 脚、腹、胸。全てが紅く透き通っていた。その手で顔を撫でる。慣れ親しんだ自分の顔がある。だが頭髪は違っていた。
 肩まであるかないかだった髪型は、ざんばらになり、ずいぶんと長く伸びていた。
「まさか?!」
 と、兵摩の声がした。
「この十年の間に、仙珠の因子が君の体に流れ込んでいたのか?」
 その言葉を聞いた瞬間、竜聖は全てを理解したような気がした。
 そう、確かにこの十年、自分は仙珠に「気」を吸われてきた。そして仙珠は宿主を護るために、その神秘な力を宿主に与え、危機を乗り越えようとしてきた。
 しかし高校に入る頃から、仙珠が熟してきた気配を察知した肉体は、「死」が近いことを予期した。それは体霊を通じて仙珠に伝わり、危機と判断した仙珠はさらに強力な「力」を与えた。それは確実に竜聖の体霊を変容させ、仙珠との結びつきを更に強固なものにしたのだ。その変容のおかげで、竜聖にはより多くのエネルギーが流れ込むようになっただけでなく、仙珠との繋がりが密接になったが故に、その因子さえも取り込んだ。
 全身が仙珠と同化したのだ。


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