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作品名:仙珠伝奇 作者:ジン 竜珠

第55回 第四章・九
 不意に竜聖は天を仰いだ。
 煌々と輝く月がある。
 その月を見た瞬間、竜聖はなぜかあの月こそが出口だと思った。
 なぜそう思ったのか、自分でもわからない。しかし彼は、月が出口だと確信した。
 生憎(あいにく)、月は遙か頭上にある。竜聖は身を沈め、全身をバネにしてジャンプした。
 今の自分なら、何でも出来るような気がするのだ。そう、跳躍で月を掴むことさえも。
 重力を振り切る浮遊感とともに、一気に森を突き抜け、空高く舞い上がる。
 だが、目標とする月には遠く及ばない。
 やがて竜聖の体は重力に引かれて落下を始めた。身をひねった竜聖の視界に、木々の突端が入る。このまま落下したら、木に串刺しになってしまうのは必至だった。
 彼は、しかし、空中で再び体をひねって器用に木のてっぺんに着地した。両手で木の突端を掴み、足でてっぺんにある枝を踏みつける。
 そうしてから、彼はまた物欲しそうに天を仰いだ。
 ここからジャンプしても、月には届かないだろう。それ以前に、ここは足場が悪くて、そもそもジャンプが出来そうもない。
 悔しさに、竜聖は歯がみをした。
 翼があったなら。
 そう思いながら、竜聖は月を見つめていた。
 しばらく経った時だった。
 竜聖は、自分に向けられた視線を感じた。その視線の主を捜そうとしたが、その必要はなかった。
 ごく自然に顔を戻した時、十メートル程先の宙に浮かぶ、男の姿が目に入ったのだ。
 兵摩だった。
「竜聖君、正気に戻ってください」
 静かな声で兵摩は言った。
 何を言っているのか、竜聖には理解出来ない。「正気」とはなんのことだ? 自分は狂ってなどいない。
 竜聖はそう思いながら、兵摩を見た。
 だが、どうしたことか、見ているだけなのに兵摩に対する敵意が、鎌首をもたげてくる。それもただの敵意ではない。目の前に立ちはだかるものは、何であろうと破壊したくなるほどの衝動であった。
 兵摩個人が憎いのではないかも知れない。ただ自分は目に映る物が壊したいだけかも知れない。
 それでもいい、と竜聖は思った。とにかくこの欲望を満たしてくれさえすれば、それが自分にとって敵であろうとなかろうと、そんなことは一切関係ない。
 そんな衝動こそが、今の竜聖を支配する全てだった。
 兵摩は黙って、こちらを見ている。
 短い睨み合いさえこらえきれなくなった竜聖は、無理な体勢からジャンプした。思った以上に跳躍出来た竜聖は、そのまま兵摩に届きそうな気がして、腕を伸ばした。
 その目の前で、兵摩が短く呪文を唱えるのが聞こえた。刹那!
 目に見えない壁のような物が現れ、竜聖を押し戻していく。それはまるで木片を押し流す濁流のように。
 竜聖は手も足も出せず、ただただ空気の流れるままに、押し流された。
 その流れが弱くなる頃、竜聖は失速し、墜落した。
 空中で翻弄されていたために、平衡感覚が狂っていたのだろう、竜聖は着地体勢も受け身もとれないまま、地面に激突した。何度かバウンドしたのち、その勢いを利用するようにして片膝立ちになる。
 あれほどの高さから墜落したにも拘わらず、体のどこにも痛みはない。だが、それに対してさほど不思議には思わない。むしろ不思議に思わない、そのことの方が不思議であった。
 素早く周囲に目を走らせた竜聖は、そこが最初にいた広場であることに気づいた。
 目を上げると、兵摩が自分を追って、着地して来ている。その距離、約二十メートル。広場の、ほぼ端から端の間合いだ。
「竜聖君、気を確かに持ってください。君は今、『力』に呑まれている。欲望に振り回されてはいけない!」
 兵摩が叫ぶ。
「うるさい!」
 思わず竜聖も叫んだ。


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