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作品名:仙珠伝奇 作者:ジン 竜珠

第53回 第四章・七
 日が沈んでどれだけの時間が経ったのか、正確に把握することは困難だった。ここには時刻を知るための物はないし、竜聖自身も、今は時計をはずしている。だが、相当の時間は経ったような気がする。
 それなのに、修行の方は思ったように進まない。
 とりあえず呼吸の流れについては、大体出来るようになった。最初の頃は何度か繰り返しただけで息が乱れ、苦痛が体を苛んでいたが、今はこの呼吸法を持続出来るようになったし、苦しさもさほど感じなくなった。
 しかし肝心の、「毛穴で呼吸する」というのがうまくいかない。イメージでなら充分出来ていると思う。だがそれが実感として感じられない。悠姫の口ぶりからして、例えでないことは明らかだ。
 竜聖は足を投げ出して寝ころんだ。
 中天に月が輝いている。満月ではないが、それでもこの辺りを照らし渡るには充分な明るさを持っていた。
 体に疲れはない。恐らく例の仙薬が効いているのだろう、眠気も感じられない。どうやら本当に睡眠時間は不要のようだ。しかしいくら時間があっても、修行が進まないのでは意味がない。
 竜聖は目を閉じた。
 眠くないのだから、このまま眠ってしまう心配はない。目を閉じたまま、竜聖は考えるともなく、この二、三日のことを思い出していた。
 たった二、三日の間で、自分の人生が、がらっと変わってしまったことを実感する。ほんの二日前までは、自分が神仙修行をするなどとは、夢にも思わなかった。いや、「神仙」という言葉さえ知らなかった。
 その自分が、どうして修行する気にまでなったのか。
「やっぱり、ほだされているのかなあ」
 竜聖の胸に悠姫の辛さが思い出されてくる。そして、いつの間にか、悠姫に惹かれ始めている自分に気づいた。
 だが、第一印象はあまりよくなかったはずだ。この場合、第一印象というのは正しくないかも知れないが。
「どっちにせよ、イヤな女だったんだよな」
 絶対関わるまい、と心に決めた時もあった。
 それがどうして、関わろうと思ったのか。
「あの時、か」
 竜聖は呟いた。
 チンピラにケンカで負け、悔しい思いをした。確か、殺意まで浮かんだんじゃないだろうか。その時、腕が怪物化してしまい、どうしようもない焦燥感に翻弄された。
 この状態を何とか出来るのは、神仙しかいないと思ったのだ。
 勢いをつけて竜聖は上半身を起こす。
「思い出したら、また腹が立ってきたなあ」
 チンピラにいいように殴られ、蔑んだ目で見られた。悔しさが再びこみ上げる。
 思わず竜聖は右の拳を地面にたたきつけた。だが、腹の虫は収まらない。いや、収まるどころか、そうしたことでさらに怒りの感情が湧き起こってきた。
 二度三度、そして四度五度。立て続けに竜聖は地面を殴り続ける。
 いつの間にか、彼は立ち上がり、近くの木を蹴りつけていた。それでも怒りは収まる気配を見せない。
 自分でも気がつかないうちに、竜聖は猛獣にも似た唸り声を上げながら、木々を殴り、蹴っていた。
 ふとした一瞬、頭痛が走った。そのおかげで竜聖は正気に戻ることが出来たが、今まで自分のしていたことに気づき、愕然となってしまった。
「俺、どうしちゃったんだ?」
 心の中に一瞬空虚が生まれた、その時だった。


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