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作品名:仙珠伝奇 作者:ジン 竜珠

第52回 第四章・六
 だが、この呼吸法は思ったよりも辛い。五、六回繰り返しただけで頭が殴られたように重くなり、息が乱れる。どうにか呼吸を整えて再び呼吸法を再開するが、今度は呼吸する時間が短くなる上に、二、三回だけで、息が乱れる。
 悠姫は仙薬を調合しなければならないということで、竜聖に独習を命じて去って行った。
 兵摩も千岳大帝の動向を調べに行き、一人残された竜聖は何度も挑戦しては失敗し、ということを繰り返した。そして、いつの間にか時間は過ぎていた。
 昼間だったのに、日は傾いて薄暗くなっている。
 結局半日費やしたが、竜聖はまだこの呼吸をものにできない。
 焦りが心に生まれる。
 あれほどの決意をしたはずなのに、自分は何をしているのだろう、と自問する。まだ入り口に来たばかりなのに、こんなところで足踏みをしているようでは、とてもではないが使いものにはならない。
 兵摩や悠姫が、竜聖に対して幻滅する様子が、脳裏にありありと浮かぶ。
 それを振り払うようにして頭を何度か振った竜聖は、視界に悠姫を見つけて、その方を見た。
 悠姫は優しげな笑みを浮かべながら、竜聖の方に歩み寄ってきた。
「どう、修行の具合は?」
 竜聖はうなだれて首を横に振った。
 悠姫は竜聖の隣に座った。花のようないい香りに、竜聖は思わず顔を上げて悠姫を見る。
 悠姫は竜聖に優しい笑顔を送っていた。
「普通の人間がいきなり私たちと同じことをしようっていっても、無理があるわよね。それは私たちもわかってる。でも、私たちには時間がないの。千岳大帝が仙珠の力を本格的に使う前に、何とか食い止めなければならない。どれほどの時間の猶予があるのかわからないけど。いずれにせよ悠長に構えてはいられないの」
 そう言うと、悠姫は西の空に目を転じた。
「時間も戦力も足りない。あげくに切り札だった『紫火七星』も手もとにない。はっきり言って状況は絶望的だわ。でもね、こんな時だけど、諦めるようなことだけはしたくないの。だから、君の申し出は本当に嬉しかったわ」
 そして、彼女は竜聖に熱い湯気を立てるカップを差し出した。中には茶色の液体が入っている。
 受け取った瞬間、独特の匂いが鼻を突いた。
「これを飲めば、三日は睡眠をとる必要はなくなるわ」
 これが例の仙薬らしい。かなりきつい匂いを放っている。例えて言うなら、食あたりに服用するあの黒い丸薬を煮詰め、それを二、三日発酵させたような感じだ。
 匂いと刺激の強い湯気に、思わず涙目になりながら、竜聖は悠姫に目で問うた。
 飲むの? と。
 悠姫は、変わらぬ優しい笑みで頷いた。
 しばしの後(のち)。
 竜聖は息を止め、一気に飲み干した。口当たりは普通のお茶と変わらない。これで粘液だったりしたら、目も当てられなかっただろう。
 飲み干して、息をつく。独特の嫌な匂いが、呼気とともに上がってくるような感じがして、思わず竜聖はむせた。
 しばらく咳き込んで、収まった頃、悠姫が立ち上がった。
「私はまた違う仙薬を作ってこなくちゃならない。兵摩は定期的に千岳大帝の様子を探っている。だからもしかすると、朝まで君一人になるかもしれない。ここは現実とは別の空間だから、何かに襲われたりする危険はないけど」
 そう言ってから悠姫は、竜聖を見た。
「もしかしたら、君の体に異変が起きるかも知れない。君に教えた呼吸法は、体霊を活性化させる。そうすると、君の体がまた怪物化するかも知れない。その時、私がすぐに駆けつけてあげられるとは限らない。君は自分で、何とかしなければいけない」
 夕日を浴びて立っている悠姫は、それ自体が一枚の絵のように、気高く清い美しさを持っていた。
 竜聖はその絵にしばし見とれていたが、悠姫の話に我に返った。
「君自身でその異変を抑える。それも修行だと心得て欲しいの。それを乗り越えることが、君にとっての戦いの一つだと思うから」
 悠姫の言葉には、どこか優しさがにじんでいた。この時、竜聖は兵摩がこの女性に惹かれている理由が、何となくわかったような気がした。


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