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作品名:仙珠伝奇 作者:ジン 竜珠

第51回 第四章・五
 岩は微動だにしない。
「さっきも言った通り、ここは現実の世界をコピーしたものです。だから、岩も現実にあるものと何ら変わるところはありません。仙術で特別に重くしている、なんてことはありませんよ。それに、地面の下に大部分が埋まっている、ということもありません。ごく普通に置いてあるだけです」
 兵摩の物言いは柔らかだが、どこか堅さがあった。
 竜聖はもう一度、気合いを入れて岩を持ち上げようとした。今度は息を止めたあと、腹の底からいきんだ。喉の奥から、かすれたような呻き声が漏れる。
 やはり持ち上がらない。チンピラとけんかした時にも感じたことだが、自分の身体能力が著しく低下しているようだ。
 力を抜いて竜聖は肩で呼吸をした。たったこれだけのことで、自分でも驚くほど消耗してしまっている。
 一呼吸おいて兵摩を見た時、竜聖は思わず背筋が寒くなるのを感じた。
 兵摩の目は冷たく、情(なさ)け容赦(ようしゃ)というものを感じさせなかったからだ。
 その冷たい目のまま兵摩は言った。
「わかりましたか? それが君の『本当の実力』です。今までの君は、仙珠の加護によって常人を超えた能力を発揮していたに過ぎません。ろくに体を鍛えていない君には、はっきり言って、普通の人と同じか、それ以下の能力しかありません。そんな状態から、修行するんです。君にやり遂げる覚悟がありますか?」
 兵摩の後ろでは、悠姫が黙って竜聖を見ている。心なしかその瞳は、竜聖から肯定の言葉が出るのを待っているような色を浮かべていた。
 目を閉じ、呼吸を整えた竜聖は、再び目を開けて兵摩を見た。
「お願いします!」
 腹の底から声を出し、頭を下げる。
 迷いがまったく無かったと言ったら、嘘になる。自分の身体能力を当てにしていなかったと言ったら、嘘になる。
 しかし、今の竜聖には、それらを打ち消してあまりある決意の炎が燃えていた。
 それが悠姫のためであり、自分のためでもある。
 竜聖は今この瞬間、自分の力で道を歩き始めることに、心を燃やしていた。

 修行の内容は、悠姫が決めた。やはり時間が惜しいということで、ある程度は仙薬や呪法によって竜聖の基本的な能力を上げつつ、実践的なことをやっていこうというのだ。
「典型的な『付け焼き刃』だけど、しょうがないわ。基礎からやっていたら、時間がいくらあっても足りないし」
 ただし、はずせない基礎修行も、いくつかあった。
「自分自身の体霊を、ある程度コントロール出来るようになってもらわないといけないわ。残念だけど、これは仙薬や呪法による代用は、完全にはできない。今から言う呼吸法をやってみて」
 悠姫は竜聖に、先に大豆くらいの白い丸薬を三粒飲ませた。これが体霊をコントロールする補助になるという。そして、正座して行う独特の呼吸法を教えた。それは、十数秒かけて吸い込んだ息を、それと同じぐらいの時間、呼吸を止めて保持する。その間、吸い込んだ「気」が全身に満ちるようイメージし、さらにその倍の時間をかけて吐き出すという。しかも吐き出す時、鼻や口からではなく皮膚呼吸、いわば全身の毛穴から出せと言うのだ。
 皮膚呼吸で意識して息を吐き出すなど、人間に出来るわけがない。竜聖はそんな疑問を口にした。
 だが悠姫は、あっさりと言った。
「初めはイメージで構わない。だけど、それが出来なければ先へは進めない」
 それは突き放すような言い方でさえあった。
 これは自分で選んだことなんだ。
 そう言い聞かせ、竜聖は呼吸法に取り組んだ。


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