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作品名:仙珠伝奇 作者:ジン 竜珠

第50回 第四章・四
 息を吹き込まれた直後、人形は大きく背伸びをする仕草をした。
 びっくりしたのは竜聖本人だ。驚いた拍子に足を滑らせて尻餅をついてしまった。
 それを見て少し笑うと、悠姫は人形に命じた。
「じゃあ、学校へ行って来なさい」
 人形は頷き、「行ってくるよ」と竜聖の声で言った。
「学校、て」
 尻餅をついたまま竜聖は壁に掛けた時計を見上げた。
 もう九時を回っている。
「遅刻じゃないか!」
 思わず上ずった声を上げた竜聖に、悠姫は言った。
「欠席にしてもよかったんだけど?」
 このところ続けて欠席、早退、という事態を起こしている。今日また欠席したら、二、三日内(うち)に伯父か亜津紗あたりが様子を見に来るかも知れない。そうなれば、竜聖の偽物がばれるかも知れない。悠姫は、ボロは出ないと言ったが、絶対とは言い切れない。
 そうなると、遅刻でも学校に顔を出す方が得策だ。
 そう考えると、何とも苦々しい思いで、竜聖は立ち上がった。
「遅刻だけはしたこと無かったのに」
 小さく呟いたが、悠姫には聞こえていないようだった。
「さ、異空間に入りましょ。とりあえず入り口は、この辺りでいいかしらね」
 変にウキウキした声で悠姫が、冷蔵庫を見る。
 その様子は兵摩には怪訝に思えたようだ。竜聖と目があった時、兵摩は竜聖にさりげなく問いかけてきた。
「何かいいことあったんですか、悠姫?」
「どうかしたんですか?」
「機嫌がいいように思えたので」
 そんなことを言われても、竜聖に思い当たることはない。そのことを言うと、兵摩はしばらく何かを考えて「そうですか」とだけ答えた。
「二人とも、何をしてるの?」
 その声に目を転じた。見ると、冷蔵庫に大きな紙のようなものが貼ってある。それに描かれた紋様を、まるでドアを開けるように左右に展開させた悠姫が、片足をその中に突っ込んでいるところだった。
 位置的に悠姫が足を入れているところは、冷蔵庫の堅い扉があるはずだ。
 竜聖は深く考えるのをやめた。

 そこはまるで森の中にある、広場のようだった。木々に囲まれ、その中にぽっかりと、線でも引いてあるようにきれいな円形のスペースがある。広さは、竜聖が通う高校の体育館ぐらいだろうか。
 紙に書いた世界の中に入ったのに、気温、川のせせらぎ、日差し、そして草の匂い。どれをとっても、現実と何ら変わらない。兵摩が出現させたログハウスもそうだったが、ここが異空間だとはとても思えない。
 そんな疑問をふと口に出すと、悠姫は少し悩んでから言った。
「この仙術を君にもわかるように説明するのは、難しいのよね。だから、とりあえず現実にあるどこかの景色を、コピーしたものだと思って差し支えないわ」
 その言葉を補足するように兵摩が言葉をつけ加えた。
「神仙はもちろん、人間も実は一人一人が異なる『空間』を持っているんです。ただそこへは『夢を見る』、『深く瞑想する』という形でしか行くことが出来ない。しかし修行を積んだ人間は、その空間を壺の中などの限られた空間の中に実体化させ、自分の思う通りにレイアウトすることが出来る。神仙の場合はそのレベルや技術が桁外れということなんです」
 この説明でも、竜聖には今ひとつ理解出来なかった。しかし、ここが実際に存在する景色をまねた、別の空間だと思うことには、違和感を感じることはなかった。
 どうやら、悠姫の心臓から流れ込む彼女の記憶には、仙術に関することはそれほど含まれていないようだ。あるいは、流れてきているのかも知れないが、理解出来ない内容のため忘れてしまっているのか。
 そんなことを考えていると、兵摩が竜聖に、広場の中央にある岩を指さして言った。
「竜聖君、とりあえずこの岩を動かしてください」
 その岩は、竜聖ぐらいの人間がうずくまったほどの大きさがあった。
 腕力に自信のある竜聖は、岩の下に手を入れ、気合いとともに持ち上げた。
 だが持ち上がらない。それどころか、一ミリも動かない。
 大きく息を吸い、息を止め下腹に力を入れて、再びチャレンジする。首から上が熱くなり、こめかみが脈動する。
 岩は微動だにしない。


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