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作品名:仙珠伝奇 作者:ジン 竜珠

第5回 第一章・四
 しかし、そのことで彼が厭世的になったり、自暴自棄になって刹那的な生き方を選択したりしなかったのは、ひとえに養父母である伯父夫婦のおかげである。
 両親の死後、彼は体の弱かった妹の美凰(みお)とともに伯父夫婦に引き取られた。伯父夫婦である鴻野(こうの)夫妻には竜聖より五歳年上の一人娘・亜津紗がいたが、彼らは本当の兄妹のようにして育てられたのだ。
 特に甘えん坊だった美凰にとってみれば、鴻野夫婦が実質的な両親といっても差し支えなかった。そして竜聖も唯一残った肉親である美凰を護りたいと想い、また、美凰が慕う鴻野夫婦の期待を裏切りたくないという思いで育った。
 それが彼の性格を真面目なものに決定づけたようだ。
 しかし高校受験の時、人との関わりを希薄にしたいという衝動が抑えがたいほど強くなった。それが故にわざわざ遠方の高校を受験し、一人暮らしをするようになったのだ。
 竜聖は熱めのシャワーを浴び、トースト一枚とインスタントコーヒーをカップ一杯だけという簡単な朝食を済ませ、通学の準備をした。
 時計は午前七時三十分。いつもより三十分も早い時間だ。駅前のコンビニにでも寄って雑誌をチェックしようかと思いながら、竜聖は家を出た。
 家を出てから、最初の角を曲がった時だろうか。突如、世界が赤と黒の二色だけになった。
 天は赤く、地は黒く。
 何が起きたかと疑問に思う間もなく、竜聖は胸に軽い衝撃を受けた。
 そして五メートルほど前方に、五月人形の鍾馗様に似た大男がいるのに気が付いて…。

 竜聖が意識を取り戻した時、時間の概念を失っていたばかりか、現実と夢の境界すら見失っていた。目の前にはさっき見た鍾馗様のような大男はいなかったし、後ろ頭には柔らかくて心地よい感触がある。
 だから、目の前にいる若く美しい女性が、一見巫女風の淫らな格好をしていて、彼の胸に手を当てて「根付いたか」と呟いているのを見た時、いつも見る夢の続きではないかと思ったのだ。
 だが、今はその女性のそばに一人の若い男が立っているのが見えた。
「気がつきましたよ、悠姫(ゆうき)」
 若い男がまるで待ち望んでいた旧友との再会を果たしたかのように、破願して言った。
 だが一方の女性は眉一つ動かさない。この世におもしろいことなど何一つない、そんな風に悟った顔だった。
 悠姫、と呼ばれた美女は、金属でできているのではないかと思うほど、冷たく硬質な声で言った。
「これでいいでしょ、兵摩(へいま)。さあ、奴を追うわよ」
 そして立ち上がる。
 どうやら、竜聖はこの女性に膝枕をされていたようだ。それなりに気を遣ってはいるものの、膝に置いていた「もの」を地面に置く以上の気遣いはないようで、竜聖は地面に後頭部を強打してしまった。
 その衝撃が幸いにして竜聖の日常感覚を取り戻させるのに役立ったようだ。彼は痛む頭をさすりながら上半身を起こした。
 場所は通学路の途中にある空き地のようだ。「車乗り入れ禁止」の看板や、野ざらしになって朽ち果てた「ビル建設予定地」と書かれた板切れが転がっているところからして間違いない。
 目の前にいるのは、いつも夢で見る美女と、初めて見る若い男。男の方は身長は百八十センチ近くあるだろうか。黒いタンクトップに、黒いリストバンド。ネズミ色の、ジーンズに似たズボンをはいている。長めの髪は漆黒で、首の後ろでちょんまげにしている。額に巻いているのは、黒に銀の縁取りのあるバンダナだ。筋肉質で、いかにも「筋肉番組」に出演していそうな体型だ。だが、その顔つきは、いかつい強面ではなくどちらかといえばおとなしめであった。何となく「哲学者」という言葉が竜聖の脳裏に浮かぶ。
 男(先ほどの会話からすると「兵摩」という名なのだろう)は、女性(同じく「悠姫」というらしい)に言った。


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