小説&まんが投稿
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:仙珠伝奇 作者:ジン 竜珠

第46回 46
 朝特有の澄んだ空気に、ふと竜聖は目を覚ました。
 目をこすると、泣いた跡がある。それだけではない。今こうしている間にも、涙があふれてきそうなほど、心が痛い。
 無理な姿勢で寝ていたせいだろう、体が痛い。背伸びをしながら体をほぐす仕草をする。一瞬、両肩が異常に膨らんでいるような錯覚を覚えたが、それもすぐに収まった。ふと、竜聖はベッドに目をやる。
 悠姫はすでに目覚めていた。そして自分の膝を抱え込むような格好で、黙ってベッドの上に座り込んでいる。その時の悠姫は、とても小さく見えた。
 それを見た竜聖は、瞬時に全てを理解した。
 彼女は、悠姫は、あれほどの辛さを抱え、この戦いに臨んでいたのだ。
 竜聖の視線に気づいたのか、悠姫がぽつりぽつりと話し始めた。
「父は、人間だった。源平の戦(いくさ)の頃、源氏方の名もない侍として、この国に生きていたそうよ。そして戦に巻き込まれた村人たちを助けたために瀕死となった。そこを神仙に救われたの」
 そして千岳大帝は神仙界に連れて来られた。しかし人間界から来たということで、ずいぶんと蔑まれ、疎(うと)まれたらしい。
「それが悔しかった父は、来る日も来る日も修行に打ち込んだ。自分の命を助け、神仙界でもかばってくれた師仙でさえ舌を巻く程、猛烈に修行をしたそうよ。その甲斐あって父はいつの間にか揺るぎない地位と信頼を得ていた。そして母と知り合い、結婚した。母は純粋に神仙界の出身だったけど、偏見は持っていなかったらしいわ。そして逆境をはねのけて地位を手にした父を尊敬していたらしいの」
 その後、悠姫が生まれたという。
「それからしばらくして、父は北方の土地を拝領したわ。それと同時に『千岳大帝』という称号も賜った。もう誰も父を悪く言う者はいなかったわ。ううん、陰口はどうか知らないけど、少なくとも表立って言う者はなかった。でも、その分、矛先は私に向いたのね。私、人間と神仙の『あいのこ』だから」
 夢の情景が、不意に竜聖の脳裏に蘇る。幼い悠姫は、いじめられる原因が父にあると思ったのだろう。だが、千岳大帝はそれをバネにして自分を奮起させることを教えた。
「私、修行したわ。それこそ寝食を忘れてね。おかげでかなり早くから一目(いちもく)置かれるようになった。それで天狗になった時期もあったけどね」
 その時は父と母に諫(いさ)められ、改心したのだという。
「だから、私にとって父は誇りだったの。今回のことも、出来れば父には仙珠を返して罪を償って欲しかったのに」
 悠姫が鼻をすする。竜聖にも悠姫の思いが痛いほどわかった。
「父への討伐隊が編成された時、私は真っ先に志願した。出来ればもう一度、父に改悛(かいしゅん)を促したかったし。でも、もしそれが叶わない時は」
 わずかに悠姫が身を震わせる。
 次に発された言葉は、あまりにも胸が痛くなるものだった。
「他の誰でもない、私の手で父に引導を渡したかった。他の誰にも、触れさせたくないの」
 悠姫が自分の膝を抱きかかえて嗚咽した。
 思わず歩み寄り、竜聖は悠姫の肩に手をかけた。悠姫はそれを拒むことなく、再び話し始めた。
「でも、いざとなると決心がつかなかった。だから私は、呪符に頼ったの。自分の感情を抑え、冷酷に命令が果たせるような呪符に」
 その呪符は熟練の神仙でも作成が難しいものだという。だが時間に余裕がなかった悠姫は、いくつかの呪符を複合的に組み合わせることで、不完全ながらも何とか作成したのだという。
「でも、私、そのせいで君や兵摩にひどいことをしてしまった。謝って許されることじゃないのはわかってる。でも、でも」
 最後の方は、嗚咽にかき消されてしまった。
 たまらず、竜聖は悠姫を抱きしめた。
 悠姫も竜聖にしがみつくように抱きついた。
 竜聖は心臓を通して悠姫の心に触れた。そして彼女が抱えている辛さや悲しさを、自分のこととして感じた。だから、単なる同情とは思えない。
 文字通り二人は「心」を共有しているのだ。お互いを他者としてではなく、別の体を持った自分自身として、二人は抱きしめ合った。
 そしてその時、竜聖の心にある決意が生まれていた。


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 小説&まんが投稿屋 トップページ
アクセス: 264