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作品名:仙珠伝奇 作者:ジン 竜珠

第44回 第三章・十
 竜聖は幼い女の子になっていた。
 昨夜見た夢の続きのようだ。
 今いるのは、山の中腹にある広い平原のようだ。太陽が南中し、吹き渡る風が心地よい。そこから見下ろすと集落が見える。建物の感じからして、どうやら日本のようだ。さらに、家の近くにある畑で鍬をふるう人々の出で立ちは、時代劇で見るような服装だ。千岳大帝はその景色を夢の中の竜聖に見せながら言った。
「ここが『人間界』だ。儂にとって大事な世界だ。この世界を護るためなら、儂はどんなことでもする」
 その言葉を聞き、自分の胸が熱くなる。そして自分もその手伝いがしたいと、願った。
 急に場面が変わった。場所はどこかの宮殿の庭のようだ。夕暮れ時、部屋のあちこちから明かりが漏れている。それとともに人々の笑い騒ぐ声も聞こえたが、胸の中にはそれと対照的な感情だけがあった。傍らに千岳大帝がしゃがみ込んで、夢の中の竜聖の顔をのぞき込んでいる。そして自分の胸には、あふれんばかりの悔しさと悲しさと怒りが渦巻いている。自分は泣きながら、目の前にいる千岳大帝に何事か抗議しているのだ。
 千岳大帝は黙ってそれを聞いたあと、静かに言った。
「儂も昔、そんな思いに暮れていた。儂は人間界出身だったからな。だが、こうも思ったのだ。『偉くなってこいつらを見返してやろう』と。いいか、努力は決して裏切らない! 悔しければお前も修行を積んで偉くなって、莫迦にした奴らを見返してやれ。儂の娘だ、お前にも出来る」
 この言葉に、夢の中の竜聖は必ずしも納得したわけではなかった。しかし、しぶしぶ頷く。千岳大帝は念を押すかのように頷いた。
 少し時間が飛んだようだ。場面が変わった。今度はさっきより成長しているらしい。千岳大帝と並んで立っている小太りで中年の男は、千岳大帝よりは背が低いが、現実の竜聖よりは高そうだ。だが、その男を見上げるのにも、さほどの苦労は感じない。夢の中で、自分は誇りを感じながらその男に何か言っている。それを聞いた男は、護衛府の役人になるとは、さすがは千岳大帝のご息女、などと見えすいた世辞を言う。その男は千岳大帝より目下(めした)のようだ。だが、従者らしき者を数人、控えさせ自身も古代中国の高官が着るような服を着ているので、身分の低い者ではないようだ。男は二言三言千岳大帝に何か告げてから、従者とともに帰って行った。
 また少し時間が流れたようだ。場所は何かの事務室といった雰囲気の部屋。さっき千岳大帝と一緒にいた男に、自分は何か命じている。何を命じているのかわからないが、苦渋の決断らしい。胸の中にやり切れない悔恨の情があふれる。命じられた男が顔を上げ、一言言った。
「本当にそのようにして、よろしいのですか?」
 男の表情も苦渋に満ちている。自分はしばし逡巡した。今なら、まだ命令を撤回できるかも知れない。そんな思いが頭をよぎる。だが、自分は首を振り、決然として言った。それを受け、男が頷く。
「仰せのままに」
 男が退室してから、自分は椅子に座り、デスクに伏せた。頭の中には後悔の念ばかりが駆け巡る。もっと早くに手を打っていたら。あの時、妙な仏心を出して見逃したりしなければ。そうすればあの子供たちは死なずにすんだのに。そうすれば、自分が命令を下してあの娘を殺す、そんな事態は起こらなかったのに。何のことか竜聖にはわからない。だが夢の中の自分が激しく自分を責め苛(さいな)んでいるのは確かだった。
 そしてまた場面が変わった。今度の場所はどこだろう。どこかの草原のようだ。満月がその光を地上に降り注ぐ中、自分と千岳大帝は対峙している。今の自分は、千岳大帝を責めているようだ。だがそれは憎いからではない。むしろ、何とか助けたい一心だ。だが、千岳大帝にその思いが伝わっているのかどうか。彼は強い意志をその声に込めて言った。
「もはや、これしかないのだ。こうするしか人界を救う術(すべ)はない。今のままでは、人界は滅ぶ。ひいてはそれが竜夢神仙界の衰退にも繋がる。それが応竜玄帝にはわからんのだ」
 自分は必死に食い下がる。しかしそれに聞く耳を持たず、といった感じで千岳大帝は紅い宝石の原石のようなものを見せながら言った。
「この仙珠を使えば、いかに玄帝とて、儂にも人界にも手は出せまい。この二百年、仙珠を研究したことがこのような形で役に立つとは思わなかったぞ」
 千岳大帝が、もはや意志を翻すつもりがないことに驚愕し、しばし思考が硬直した。どうにか言葉を紡ぎ出したようだが、それは自分の本心ではなかった。その言葉を聞いた千岳大帝は、少しの間目を閉じ、長く息を吐いてから、こう言った。
「そうか、儂に弓を引くか。やむを得まい。お前にはお前の立場があろう。できればお前には儂の手伝いをしてほしかったが。よかろう、たった今、この場で親子の縁を切る。もはや親でもなければ娘でもない。よいな、太霊雪華真仙寿?」
 目に見えぬ冷たい刃が、胸を貫くのを感じた。何も返答出来ない。何も思考できない。自分はただそこに立ちつくし、千岳大帝が消えていくのを見ることしかできなかった。
 そして次なる場面。どこかの宮殿、その大広間のようだ。自分のいる中央の道、その両脇に整然と並んでいる兵士たち。遙か高みにある玉座への陛(きざはし)の前で、自分は跪(ひざまず)き、何かを懇願している。その懇願に応えるかのように、御簾の降りた玉座から、数段下の壇にいる一人の男が言った。
「応竜玄帝陛下のご下命である。太霊雪華真仙寿、汝(なんじ)の熱誠を考慮し、特別に汝一人に千岳大帝を処断する権限を許す」
 その言葉と同時に、自分の頭の中に何かの一文が流れ込んできた。詔書の文言(もんごん)のようだ。そしてさらに、仰々(ぎょうぎょう)しく一振りの剣が授けられた。
「仙胎ですら滅ぼすことの出来る宝剣『紫火七星』である。特別に貸し与える故(ゆえ)、違(たが)うことなく勅命を果たせ」
 自分は深々と礼をして立ち上がった。そして大広間を出た時、そこで一人の若い女に出会った。古代中国の女官風でありながら、どこか日本の巫女装束にも似た衣装を着けている。きらびやかであり、明らかに高位の女官といった感じだ。彼女を見た瞬間、自分の胸にいいようのない複雑な思いが駆け巡った。その女性に対し、自分は心の中で呟いた。
 ごめんね、母さん。
 その思いが伝わったのか、若い女性は柔らかな表情で、こう告げた。
「あの人をお願いね、悠姫」
 あふれる思いがこらえきれず、涙が頬を伝うのを、夢の中の竜聖は止めることが出来なかった。


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