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作品名:仙珠伝奇 作者:ジン 竜珠

第41回 第三章・七
 千岳大帝が呪文を唱えた。
「無駄なことを。今のお前には、この真図を打ち破るほどの力はあるまいに」
 言い放った悠姫には構わず、千岳大帝は呪文を唱え続ける。
 詠唱は決して短くはなかったが、それでも彼の鎧を粉々にするまでには間に合ったようだ。
 千岳大帝が吠えた。
 その咆哮は林の中に木霊し、木々をおののかせ、空間を響かせ、地を震わせた。
 何かおそろしく強大で、とてつもなく恐ろしいモノが迫り来る、そんな予感に竜聖は体が震えた。
 そしてそれは悠姫も同じだったらしい。彼女の顔にも、明らかに不安が浮かんでいる。
 一体何が、と悠姫に問う間などなかった。千岳大帝の周囲を雷光が駆けめぐり、その足下の大地がめくれ上がったかと見えた瞬間、轟音とともに千岳大帝の背後の地面から黒くて長大な何かが、飛び出したのだ。
 一瞬、黒煙が立ち上ったかと思ったのだが、違った。その黒くて長大なモノは一度天まで昇ったかと思うと急降下して千岳大帝の周囲で渦を巻いた。
 その姿は紛(まが)う方無き「黒竜」であった。
 再び千岳大帝の咆哮が轟いた。その刹那、ガラスの割れるような甲高い音が鳴り響いて、降り注いでいた虹の滝が消滅する。さらに悲鳴とともに悠姫が吹き飛ばされるのが見えた。
 千岳大帝は体に力を入れ、歯を食いしばっている。まるで黒竜の動きを制御しようとするかのように。だがその試みは失敗したのか。竜の姿が霧のようになって弾けたと見えた瞬間、衝撃波が発生して竜聖は吹き飛ばされた。

 どうやら、一瞬気を失っていたようだ。
 竜聖は一本の木にもたれかかるようにして座り込んでいた。辺りを見やると、まるで伐採の跡のように、木々が根本のみを残していた。そればかりかクレーターのようにすり鉢状になっており、その中心に千岳大帝の姿が見えた。
 月明かりの中、立っている千岳大帝の姿は、ある種の威厳さえ感じさせる。
 竜聖が千岳大帝を見ていると、その視線に気づいたのか、彼の方へ歩み寄ってきた。
 危険を感じて逃げ出そうとしても、体が痛くて立ち上がれない。
 そうこうするうち、千岳大帝が目の前に立った。竜聖を見下ろすその目は、意外にも静かであった。
「少年よ、お主、混沌陰陽盤を持っておろう。それを渡せ」
 竜聖は息をのむばかりでろくに返事が出来ない。改めて見ると千岳大帝は巨漢である。さらに戦いの激しさを見ているだけに、竜聖は恐怖しか感じない。
 それを察したのだろう、千岳大帝は静かな声で問いを発した。
「少年よ、お主、今の人の世をいかに思う?」
 虚を突かれた形になったせいか、わずかに竜聖の思考に余裕が生まれた。
 そんな気配を察したのか千岳大帝はさらに言った。
「今、この人間界は混迷を極めている。その一因は我が竜夢神仙界にもあるのだ」
 一体何を言い出すのか、竜聖は訝りながらもこの話に興味が湧いた。
「我が神仙界は人間界とともに存在し、お互いを発展させ合ってきた。だが一部の不心得者が人界において力を使い、人々の信仰を煽(あお)った。またある者は、秘法の呪術を数多く人に伝えた。それは善意であったかも知れぬ。だがそのせいで人間界には、『呪力』が氾濫(はんらん)してしまうことになったのだ」
 それが、長い年月の間に「本来あるべき道」をねじ曲げてしまったのだと、千岳大帝は言う。
「お主にもわかるよう、卑近(ひきん)な例で例えよう。風邪を引けば熱が出る。これはその熱をもって体内に侵入した病原菌を殺しているのだ。だが、事情をよく知らぬ者は薬を用いてすぐに熱を下げてしまう。その時はそれでよいかも知れぬ。だがそれが後々(のちのち)、体本来の機能に支障を来す要因となるのだ」
 呪術もそれと同じ事なのだという。
「人々が安易に呪術に頼ったために、人界を流れる力場は乱れに乱れてしまった。それを修復するためには、一時的にこの人界を神仙界から隔離せねばならぬ」
 そのために彼は「道」を閉ざしたのだという。
「すべての神仙界と交流を断ち、この人間界を、人の手に取り戻さねばならぬ。それは神仙である儂の役目であり、償いなのだ。少年よ、お主も人であれば、わかってくれるな?」
 敵であるはずなのに、あまりに真摯(しんし)なその姿に、竜聖は知らず知らずのうちにポケットに手を入れ、混沌陰陽盤を握りしめていた。そしてポケットの外に出しかけたその時。
「耳を貸すな、竜聖!」
 悠姫の声がした。


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