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作品名:仙珠伝奇 作者:ジン 竜珠

第40回 第三章・六
 不意に溜め息にも似た音が、悠姫の口から漏れた。それとともに止まった時が動き出す。
「私の勝ちだ、千岳大帝」
 言うや否や、悠姫が呪文を唱えた。それに合わせて竜聖の胸が熱くなる。だが、それはこれまでの比ではなかった。
 文字通り焼けるように熱い。焼きごてを押しつけられているのではないかと思う程の熱さが、胸の皮膚を焼く。兵摩を支えている余裕など無い。竜聖は兵摩を放り出し、胸を押さえてのたうち回った。
 無意識のうちにシャツを破り捨てる。胸に描かれた紋様が、部分的に眩いばかりの紅い光を放っているのが見えた。竜聖は爪で光る紋様を掻きむしる。だが、血で描かれただけのはずだったそれは、一向に削り取られる気配はない。
 やがて体の中を大きなムカデが這い回るかのような、そんな感覚が湧き起こってきた。その感覚は痺れを伴い、腕といわず脚といわず、さらには性器の中でさえも這いずり回った。
 その不快な痺れは徐々に体の一点に集約されていく。それと同時に集約される一点にも異変が起こり始めた。
 胸の中央に描かれていた紋様が一層強い光を放ち始めたのだ。さらに地面に流れ込むように、体からエネルギーが抜けていく。悠姫が度々(たびたび)繰り返した事より、もっと脱力の度合いは大きい。そしてそれが合図だったように、林のあちこちから七色の光が噴き上がっていく。確かなことはいえないが、どうやらこれまで悠姫が呪文を唱え、竜聖が脱力していたその場所から、光が噴出しているようだ。
 千岳大帝が初めて狼狽した声を上げた。
「まさかッ?! 滅尽七星真図(めつじんななせいしんず)か?!」
 悠姫からの返答はない。
「莫迦なッ! いくら紫火七星を持っているからとて、そのような大技が、人界で出来るはずはない!」
 うろたえる千岳大帝に対し、悠姫の声はあくまで冷ややかだった。
「私とてこの十年、手をこまぬいていたわけではない。人間界に漏れ伝わった我が竜夢神仙界の秘伝、他の神仙界に由来する秘伝書、それらを片端(かたはし)から研究した。そのおかげで、回復が充分ではないお前程度になら、十分効果を発揮させるだけの方法を見つけることが出来た」
 竜聖の胸の熱さと痺れはピークに達した。それでも悠姫の言葉だけは聞くことが出来た。
「これは私にとっても賭だった。お前が、私の攻撃を陽動だと思わなければ、お前の回復が充分だったなら、そもそもこの十年間で私がこの呪を編み出せなければ」
 一瞬だが、悠姫は竜聖を見た。その真意は竜聖にはわからない。
「どれが欠けても、私の勝ちは危うかっただろう。それに、お前が兵摩の動きを真っ先に牽制(けんせい)する恐れもあった。だが、幸いにしてお前の『気』をそらすのに恰好(かっこう)の『もの』も手に入れることが出来た。幸運も実力のうちということだ」
 その言葉が終わると同時に竜聖の胸から熱と痺れが一瞬にして消え失せた。まるで初めからそんな感覚など無かったかのように。
 不思議に思って悠姫を見ると、彼女の手にした剣が七色の光彩を放つのが見えた。林のあちこちから立ち上る光を操るように剣を振るうと、悠姫は剣の切っ先を千岳大帝に向けた。
 周囲の光が、千岳大帝に降りかかる。それはまるで天からなだれ落ちる虹の滝のようで、幻想的でさえあった。
 野獣が吠えるかのような声を上げて千岳大帝が身を震わせる。千岳大帝の足下の土がえぐれて舞い上がり、辺りの木々が、あるものは根本からへし折られ、またあるものは強風にさらわれるかのように根本から引き抜かれて宙に舞った。
 千岳大帝の着けている鎧も、次第に崩れていく。剣はすでに錆びたように耐久度を失い、ボロボロと崩れていく。
 勝敗の決するのは時間の問題と思われた。
 だが、その瞬間。


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