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作品名:仙珠伝奇 作者:ジン 竜珠

第39回 第三章・五
 何度も宙に舞い、地上に降りて脱力し、ということを繰り返していると、多少慣れてくる。また「結界」というのが案外強力なようで、今のところ竜聖には一毫(いちごう)の傷もない。
 そのせいだろうか、彼に周囲に気を配る余裕が出来た。
 改めて気がついたが、戦いの音以外には静かなものである。というよりも、生物の気配がない。
 初めから生物のいないところだったのか。
 それはないだろう、と竜聖は否定した。これほど緑の生い茂った場所が、全くの無生物状態であるというのはどう考えても不自然すぎる。
 やはりここに住む生き物たちは、本能でこの戦いを察知していたのだろうか。そして危険を避けるためにどこか安全な場所へ避難したのだろうか。
 そう思った時、竜聖は同時にあることに気づいた。
 兵摩の姿がない。
 戦いが始まる前、確かに彼は近くにいた。それなのに、今は彼の影さえ見えない。辺りを見回す。空中にいるから見通しはよくきく。かなり暗くなっていたが、それでもまだかすかな明るさは残っていた。そして満月の明るさも加わっている。少なくとも人の形をした影があれば、充分認識できる明るさだ。
 やはり、いない。とすると、眼下の林の中に身を潜めているのか。それとも、もしかして逃げたのか?
「それはないな」
 竜聖はふと呟いた。出会って間がないが、兵摩は責任感の強い人物のようだし、何より悠姫を放って逃げ出したりはしないだろう。
 そう思った時、また体が地へ向けて引っ張られた。
 林の中は、もう真っ暗といってもよかった。その中で悠姫の剣と千岳大帝の剣だけが、かすかな光を反射して、緊張感を漂わせている。
 また竜聖の胸が熱く痺れ、体から力が抜けていく。しかし今度は、体ごと地面に吸い込まれていくような錯覚を覚えた。
 悠姫が剣を閃かせている。それは何かの字を書く仕草に見えた。その直後であった。
「そのような小細工にかかる儂ではないわ!」
 そう叫ぶと千岳大帝は手の中に光を出現させて、悠姫の背後に投げつけた。位置的には竜聖の右手前五メートルくらいのところになるだろうか。カメラのフラッシュを焚いたような閃光が目を焼く。
 それとほぼ同時に、電子音めいた残響音が林の中に木霊した。そして軽い振動が竜聖の周囲で起こったかと思うと、林のあちこちから、爆竹のような破裂音が続けざまに起こった。
 目を開けた時、閃光のあった辺りに人影がうずくまっているのが見えた。
 目が慣れてくると、それが兵摩だったことがわかった。
「兵摩さん!」
 思わず竜聖は駆け寄った。兵摩が苦しげな声を上げ、右手で押さえている腹部から、明らかに大量の血液が流れ出しているのが見えたからだ。
 竜聖が支えるのと、兵摩が崩れるのは、ほぼ同時だった。
「意味もなく宙へ舞い上がったり、地に降りたり。巧みに位置を変えて攻撃を仕掛けるかと思えば、さして効果のない縛鎖術をかけてきたり。だが、それもこれも、すべて兵摩の行動を隠すが為(ため)の、汝(うぬ)の浅知恵だったのだな」
 悠姫は何も答えない。
 それを肯定ととらえたか、千岳大帝は続けた。
「おそらく兵摩には儂を封印するための呪(しゅ)を仕掛けさせておったのだろう? 穏形(おんぎょう)の呪で姿を隠し、あちらこちらに陣を敷いておったのだろう。だが、それも今の儂の一撃で跡形もなく消え失せたようだな。先刻の音が、それを語っておるわ」
 そして勝ち誇ったように高笑いをする。
「さあ、どうする太霊雪華真仙寿よ! 貴様の実力で儂を屠(ほふ)れるか? 貴様一人の力で?!」
 兵摩の苦しげな息遣いだけが、耳に届く。
 かすかに風が葉を鳴らす。
 竜聖は、自分自身の呼吸音の大きさに気づき、思わず息を潜めた。
 薄暗い中で、四つの人影はまんじりともせず、時の流れるがままに任せている。


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