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作品名:仙珠伝奇 作者:ジン 竜珠

第38回 第三章・四
 その音を聞くのが先であったか、悠姫の動くのが先であったか。気合いとともに悠姫は剣を振り下ろした。直後、千岳大帝と悠姫との間の、ちょうど真ん中ほどの空間に蜘蛛の巣にも似た巨大な亀裂が浮かんだ。
 それがいったい何であるのか、竜聖がよく見ようとした瞬間、再びガラスの割れるような音が鳴り響き、突風が巻き起こった。
 強風に煽られた竜聖は、空中ゆえに脚を踏ん張ることも出来ず吹き飛ばされた。そして同じように悠姫が吹き飛ばされて、こちら側に飛んでくる。それを無意識のうちに竜聖は抱き留めた。
 かすかだが、花のようないい匂いが竜聖の鼻をくすぐる。
「すまない」
 簡単な一言だったが、悠姫は竜聖に礼を言った。
 なんだか新鮮な感動が竜聖の胸に湧く。
 その余韻も束の間、再び悠姫は剣を構え、千岳大帝に向かって行った。すると竜聖の体も、引っ張られるように動いていく。
 唐突に竜聖は悠姫の言葉を思い出し、納得した。
「これが『ある程度の範囲内』ということか」
 どうやら「ある程度の範囲内」を保つために、悠姫の行く先に連れ回されているようだ。
 一度は千岳大帝に向かって行った悠姫だが、何を思ったか急降下を始め、林の中に突っ込んだ。つられて竜聖も林の中へ突っ込む。目の前に迫る木々の突端に危険を感じ、腕でカバーする体勢をとりつつ、きつく目を閉じる。
 だが、かすかに何かに触れたような感触だけで、苦痛はおろかかすり傷一つ負っていないようだ。どうやら「結界」というのが効果を発揮しているらしい。
 地上に降りた悠姫は、また何かの呪文を唱え始めた。それと同時に竜聖の胸に痺れと熱が発生し、体から力が抜ける。
 力を蓄えたのか、悠姫は気合いとともに剣の束で近くの大木を殴りつけた。
 するとどうだろう、その木だけでなく周囲の木が、まるで音叉を鳴らしたが如く共鳴を始めたではないか。
 枝と枝とがこすれ合い、葉がざわめき、大木が一本の管楽器になったような重低音が響く。この音の波状攻撃には竜聖の周囲にある結界は無力のようで、思わず彼は耳を塞いだ。
 その波動がいかなる効果を及ぼしたのか、はたして千岳大帝にダメージを与えられたのかどうか、竜聖には確かめる術(すべ)はなかったが、少なくとも悠姫にとっては戦いを有利に進めるために不可欠の行為だったようだ。空を見上げ、かすかに頷く。
 千岳大帝が降りてくるのを待つわけではないらしい。再び悠姫は空高く舞い上がった。それにつられて竜聖も林の上空へ舞い上げられる。
 空中では、千岳大帝が律儀(りちぎ)に待ち構えていた。
 いや、待ち構えていたのではなかった。目に見えない何かに周囲から押さえつけられているかのように硬直していたのだ。
 悠姫が剣を構える。
 この勝負、見えたように竜聖が感じた、まさにその時だった。
 豪快な高笑いとともに、千岳大帝が剣を振り上げる動作をした。何かが破裂するような音が鳴り響いて、彼の周囲に小さな光の花びらのような物が舞うのが、竜聖にも見えた。
「儂もなめられたものだ。この程度の縛鎖(ばくさ)術(じゅつ)を仕掛けられるとはな」
 千岳大帝が不敵な笑いを浮かべる。
 対する悠姫は、しかし無表情にそして冷たい声で言い放った。
「だが解くのに時間がかかりすぎたようだな」
「フン、貴様を待ってやったまでのことよ」
 鼻で嗤う千岳大帝だったが、その表情にはかすかに焦りが浮かんでいるように見える。
 だがそれも束の間のこと、気合い一閃、千岳大帝が剣を自分の頭上で、左から右へ大きく薙ぐような動作をした。見る間に千岳大帝の周囲の空間に亀裂が広がる。そしてその内の一つに剣を差し込んだ。
 それは一瞬の判断であったろう。悠姫は身を翻し、高度を下げた。直後、悠姫のいた辺りの空間が歪み、歪みから剣の切っ先が突き出される。一瞬遅ければ、悠姫は突き出された剣によって喉元を掻き切られていただろう。
 両者の戦いは全くの互角に見えるが、竜聖は希望的観測から、悠姫の勝利を確信していた。


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