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作品名:仙珠伝奇 作者:ジン 竜珠

第35回 第三章・一
 もっと劇的な場面を想像していた竜聖は、「結界が破れたわ」という悠姫の言葉を聞いて、少し拍子抜けした。悠姫が呪文を唱えた直後、目の前の空間に陽炎が立ったかと思ったら、「結界が破れた」という言葉を耳にしたのだから。
 そんな竜聖には構うことなく、神仙たちは歩き始める。そのあとをついて歩く竜聖だが、ふと奇妙なことに気がついた。
 確かに周囲には木々が林立しているという光景に変わりはない。それなのに、その木がどこかおかしいのだ。
 どこがおかしいのか目をこらしていた竜聖は、あることに気づいて思わず「あっ」と声を上げた。
 木の表面にたくさんの文字が浮かんでいるのだ。その文字は漢字もあったし、見たことのない字もあった。中には文字というより記号かマークのように見える物もあった。
 竜聖の声を聞きとがめた兵摩が、どうしたのか尋ねる。
 木の表面の文字のことを言うと、兵摩は辺りを見回してから言った。
「なるほど、君には『文字』に見えるんですね?」
 そして兵摩は言った。
「僕には、小さな光の粒が縦横無尽に流れているように見えるんですが」
 兵摩の言う意味がよくわからない。それは彼もわかっているようで、ごく簡単に説明してくれた。
「何か物を隠そうと思ったら、カムフラージュするでしょう? たとえば千岳大帝はここに異なる空間を作っているわけですが、神仙や霊感の鋭い人間になら、その入り口が見えてしまうかも知れない。そこでそこには何もないかのように、あるいは興味が向かないようにカムフラージュするわけです。この場合は結界を張っているわけですが、それは悠姫によって破られている。だから異空間への入り口が見える」
 その入り口の見え方には、差があるという。「木の表面に文字」ということは、結界を張る際に千岳大帝が唱えた呪文なり使用した呪符の文字なりが見えているわけで、やはり竜聖にはある程度の「見る」能力があるらしい。
「普通の人には、ただの木にしか見えないはずですからね」
 そんなことを言われても、竜聖には自覚はない。目に見えない存在、例えば幽霊の類(たぐ)いなどは生まれてこの方、一度も見たことはないし、不思議な体験もしたことはない。
 竜聖の言葉を聞き、兵摩は少しだけ眉間にしわを寄せてから言った。
「だから、それは君の中に悠姫の心臓があるからですよ。もともと潜在していた君の能力が、悠姫が施した呪によって開花した、ということなんです」
 どこか不機嫌そうに言った兵摩だったが、あわてて咳払いをすると、こう付け加えた。「その能力を伸ばすも伸ばさないも、君の自由ですけどね」
 いかにも、とってつけたような不自然な言葉だったが、問う程のことはないと思った。それに悠姫が急に立ち止まったのでそんな余裕もなかった。
「二人とも、おしゃべりはそこまでよ。奴が、千岳大帝が出てくるわ」
 三人の間の空気が、異常な程張りつめるのがわかる。
 そして悠姫と兵摩が見つめる先を、竜聖も見た。
 その時、竜聖は思わず後ずさってしまった。
 目の前の空間が、まるで水面に浮かぶ波紋のように、うねっているのが感じられる。いや、感じられるだけではない。実際に竜聖の目にも空間が波打っているのが見える。それは彼の目線の高さを中心として、同心円を形作りながら、周囲の空間を浸食していく。
 信じがたい光景が目の前で展開している。悠姫の心臓が体内にあるにも拘わらず、やはり頭では常識で考えられないことに対しては、何らかの拒否反応が起こるようだ。
 突然、中心に小さな光点が現れた。それは二度三度と閃いたかと思うと、急激に広がった。
 眩しさに竜聖が目を閉じる。
 光は、ほんの数秒で収まった。そして目を開けた竜聖は、そこに一人の男を見た。


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