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作品名:仙珠伝奇 作者:ジン 竜珠

第29回 第二章・九
 どれほどの時間が過ぎただろうか、男たちが立ち去る気配を見せた。そして、男の一人が、竜聖のズボンのポケットに手を突っ込んで財布を取り出す。
 その様子を竜聖は黙って見ていた。
 体の痛みもさることながら、何より心が悔しさで一杯になっている。あれほど常人離れした身体能力を持っていたはずなのに、なぜ一方的に嬲られなければならないのか。
 視界が涙でにじむ。
 男たちが横たわっている竜聖に一瞥をくれた。
 三人とも、見下す様な笑いをその口に浮かべている。
 それを見た刹那。
 竜聖の心に、再び怒りがわき起こった。だが、今度はそれに殺意も混ざっていた様だ。
 その感情はあたかも導線を伝わる様に竜聖の体を駆けめぐる。そして意識がはじけた、次の瞬間。
 悲鳴が聞こえた。
 それは竜聖の物ではなかった。
 三人の男たちが発した物だった。
 それを聞き、我に返った竜聖は、何が起こったかを目の当たりにしてパニック寸前になった。
 竜聖の右腕がまるで毛むくじゃらの黒い蛇の様になって真っ直ぐ長く伸び、茶髪を逆立てた男の肩を掴んでいる。そして掴んでいる右手は、人間の「手」の形をしていなかった。
 例えるなら目が無く、牙の長い漆黒のオオカミの頭部。
 幸いにしてその牙は男の肉に食い込むことはなく、そのシャツのたるみを噛んでいただけだったが、男たちは相当に恐怖を感じた様だった。
 財布の中身を抜き取ることも忘れ、二人の男は財布を投げ出して走って逃げ出した。オオカミにシャツを食いつかれた男も、半ば自分でシャツを引きちぎるようにして、駆けて逃げていった。
 竜聖は、ただ、恐怖していた。
 夢ではなかった。幻ではなかった。やはり、自分の体は怪物化してしまっている。
 体が震えてくる。何とか上半身だけでも起こしたが、立ち上がれそうにない。
 この時、初めて竜聖は「腰が抜ける」という状態を体験した。
 それでもどうにかあぐらをかいた姿勢から、長く伸びた右腕をたぐり寄せる。自分の腕のくせに、あまり自分の意志の自由にならないのだ。ただ、かろうじてオオカミの頭の部分、つまり本来の右手だけは思うとおりに動く様だった。
 竜聖は右手を胸に抱く様にして、朝と同じく必死になって祈った。
 頼むから元に戻ってくれ!
 きつく目を閉じ、一心に祈る。
 頼む頼む頼む頼む頼む頼む頼む頼む頼む頼む頼む頼む頼む頼む頼む頼む頼む頼む頼む頼む頼む!
 時折、目を開けてみる。
 やはり右腕は毛むくじゃらの蛇、右手はオオカミのまま。
 半泣きになりながら、竜聖は祈った。
 お願いだから、元に戻ってくれ! 俺に何か悪いところがあったのなら直すから、だから、頼むから元に戻してくれ!
 竜聖はいつしか、巡礼者の様に額を地にこすりつけて祈っていた。
 朝の時以上に、いや、もしかすると生まれてからこの方、これほど真剣に祈ったことはないかも知れない。
 胸に抱いているものがまるで愛し子であるかの様に、竜聖は右手をさすり、祈りを捧げた。
 その祈りが通じたのかどうか。
 ふとした瞬間に竜聖は右腕と右手が元に戻ったと感じた。
 期待と不安の入り交じった眼で胸に抱いたものを見る。
 そこにあるのは、紛れもなく竜聖自身の腕と手だった。
 男たちに暴行を加えられたあとが痣になり、切り傷となって血をにじませている。痛々しくもいとおしい人間の腕と手だった。
 体の震えはまだ止まらないが、竜聖は安堵の溜め息を漏らした。それが引き金だったかの様に、涙があふれ出す。
 さっきの悔しさ、今の嬉しさ、すべてが混ざった複雑な涙だ。
 とりあえずピンチは脱した様だ。だが不安が完全に消えたわけではない。いつまた体が怪物になってしまうか、わからない。
 やはり、あの神仙たちに頼るしか、方法はないらしい。
 複雑な心境で竜聖は右手をさすっていた。


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