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作品名:仙珠伝奇 作者:ジン 竜珠

第23回 第二章・三
 焦りと、絶望と、こんなことに巻き込まれた自分の不運と、巻き込んだ連中に対する怒りと、そしてこれまでの人生に対する悔いがないまぜになって竜聖の頭の中に渦巻く。
 いつの間にか、目をきつく閉じて彼は祈っていた。
 戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ、戻ってくれ!。
 取り立てて信心深いわけではないが、この時ばかりは、一心に祈った。いるかいないかもわからない神に、どこにいるのかわからない神に、どっちを向いているのかわからない神に。
 どれほどの時間が過ぎたか。額に汗を浮かべた彼は、着ているランニングシャツが、汗ばんで肌にまとわりつく不快感で我に返った。
 おそるおそるタオルケットをめくり、腕を見る。
 そこにあるのはいつもと変わらぬ自分の腕。見慣れた、少し細い自分の腕だった。
 肺からすべての空気を出してしまうような、そんな深い安堵の溜め息を漏らし、彼はベッドから出た。そしてもう一度左腕を見る。
 普通の人間の腕がそこにある。
 さっきのは寝ぼけたのか、たちの悪い幻覚だった。そんな風に思えるほど、少しの異常もない人間の腕だった。
 二度三度、拳を握ってはゆるめ、その感覚を確かめる。
 間違いなく竜聖の意志で動かせる、彼自身の腕だった。

 クラスでは前日休んだことについて、二、三聞かれる程度だった。
「風邪を引いちゃって」
 こう言えば、ほとんどのクラスメイトは「体に気をつけて」とだけ言ってそれ以上は追求してこなかった。
 中には「今日は具合はいいの?」と心配してくれる者もいたが、竜聖が「大丈夫だから」と言えば、それ以上には発展しなかった。
 これまで希薄な人間関係しか築いてこなかった彼は、これを都合がいいと思う反面、寂しくも感じていた。
 今までは、おそらく仙珠のせいで、自分は「早死に」を意識してきた。否、意識というより無意識にそれを前提としてきた。だから深い人間関係は、それを失う時に自分と相手の両方にやり切れない「痛み」を残すのではないかと思って、避けてきた。
 家族関係も、鴻野夫妻はあくまで伯父夫婦だと思うようにしてきた。ただ、美凰だけは唯一残った肉親だから、できる限り護りたいと心にかけてきたが。
 これからは「早死に」を心配する必要はないだろう。だが、その代わり別の心配事ができてしまった。
 またいつ自分の腕が変貌するのかわからない。腕だけではない。もしかすると顔や全身が異形の怪物へと変わってしまうかも知れない。
 それが怖い。
 怪物となった自分は誰からも受け入れられないだろう。下手をすると怪物の身内ということで美凰や鴻野夫妻が傷つけられるかも知れない。
 いや、もしかしたら怪物となった竜聖自身が、皆を傷つけてしまうかも知れないのだ。
 授業中もそんなことを考えていたせいだろう、昼休み、彼は職員室に呼ばれ、担任から「悩み事でもあるのか?」と尋ねられてしまった。
 誰が見ても竜聖は悩みに沈んでいるように見えるようだ。
 竜聖は「体調が優れなくて」とだけ答えた。その結果、彼はその日、午後から早退することになった。
「風邪」で学校を欠席し、翌日には「体調不良」で学校を早退。
 これを聞けば、伯父の大介は「それ見たことか」と言うだろうか。それとも「こんなこともあるだろう」と割り切るだろうか。
 それより伯母の良志子が責められはしないだろうか。自分を信じて一人暮らしを認めてくれた伯母の、信頼を裏切るようなことをしたのではないか。
 そして、美凰はやはり心配するのだろう。今では健康も回復し、人並みに元気になった美凰だが、小さい頃は体が弱く、とても儚げであった。だからだろうか、人、特に兄である竜聖の体調には異常ともいえる神経質さを見せた。
 自分が病弱であったが故に、人の病気には敏感なのだろう。
 そう考えれば担任の「早退勧告」などは無視すればいいのだが、竜聖はそれを受け入れた。
 彼には、一刻も早く為(な)したいことがあったのだ。
「困ったことがあったら頼ってください」
 昨日、兵摩が最後に言った言葉が脳裏によみがえる。
 腕が怪物化する。こんな異常事態に対して何かできるとすれば、やはり神仙しかいないだろう。
 そう考えたのだ。
 だが彼と会うとしても、実際にどうすればいいのかわからない。昨日はお互い気まずい雰囲気で別れてしまったせいか、再会の約束事を決めておかなかった。とりあえずは、昨日と同じ空き地に行くのがいいだろう。だとすると制服に鞄という出で立ちはよくない。
 竜聖はまず自宅に戻り、着替えることにした。
 そして自宅の前で、彼はある人物と思わぬ再会をした。
「あら? 午後の授業はいいのかしら?」
 そこにはもう一人の神仙、悠姫が感情のこもらない瞳で竜聖を出迎えるように立っていた。


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