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作品名:仙珠伝奇 作者:ジン 竜珠

第2回 第一章・一
 胸に大穴が空いている。
 その穴から折れた肋骨が数本、外に向かってまるで肉食獣の牙のように突き出しているのが見て取れた。
 壊れた蛇口のように、口からは止めどなく血が流れ出る。
 不思議と痛みはない。
 瀕死の重傷というものは案外こんなものかも知れない。確か何かの授業の折に、教師の雑談で脳内麻薬はモルヒネなんかよりも遙かに強力だというのを聞いた覚えがある。まさか高校一年の男子生徒である自分が、通学の途中に、そんなのを身をもって体験するとは思わなかったが。
 薄れゆく意識の中で、城宮(きのみや)竜聖(りゅうせい)はそんな風に思いながら、同時にこんなことを考えていた。
『あの夢は、このことだったのかも知れないな……』
 目の前では、ひげ面の大男が竜聖からえぐり出した彼の心臓を満足げに眺めている。気のせいだろうか、その心臓はまるで鮮紅のガラスでできたように透明な光彩を放っていた。
 大男が竜聖の方に向いた。まるで五月人形の「鍾馗(しょうき)様」のようだ、と、竜聖は大男を見て思った。と同時に、こんな大怪我をしているのに、ずいぶん冷静に物事を考えている自分に気づいて、竜聖はなんだかおかしくなった。
 思わずくぐもった笑い声が漏れる。
 だがそれは、笑い声というより何かの液体を吐瀉(としゃ)する音にしか聞こえない。
 それが滑稽(こっけい)で竜聖は笑った。
 やはり笑い声に聞こえない。
 そのうち、何でこんなにおかしいのかわからなくなってきた。
 それがおかしくてまた笑う。
 その様子を見ていた大男が一瞬その表情を曇らせた。まるで憐れむかのようだ。しかし竜聖には大男がそんな表情を浮かべる理由がわからない。
 きっと笑い方が下手で憐れんでいるのだろう。いや、もしかしたら訳もわからず笑っている自分を見て、少し頭が足りないと、憐れんでいるのかも知れない。いや、もしかしたら……。
 そんな風に考えていた竜聖だが、そのうちどうでもよくなった。頭の中がしびれてきて、ものを考えるのが億劫になってきたのだ。
 大男は竜聖の様子に何を見たか。憐憫の表情を浮かべたものの、すぐに険しい顔になり言った。
「少年よ。お主の犠牲は決して無駄にはしない。来るべき時には、お主のことを称えよう、永劫にな…」
 言葉は耳に届いている。しかし肝心のその「言葉」が意味を為さない。この言葉の繋がりに何か意味があるのだろうか?
 竜聖の記憶の中に、これらの単語はすべて入っている。だが、今の彼はその単語の持つ意味と、その単語をつなげた時に現れる文節と、その文節を組み合わせた時に出来上がる全体像が、まったくシミュレートできないのだ。耳から入ってくるのはもはや特定の意味を持った「言語」ではなく、単なる無意味な「音」でしかなかった。


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