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作品名:仙珠伝奇 作者:ジン 竜珠

第15回 第一章・十四
 目の前に女の人が立っている。
 栗色の真っ直ぐな長い髪。巫女のような格好をし、首に黒い輪、金色の円い首飾りをした女性は、竜聖が見たこともないほど綺麗な女性だった。少なくとも、母や、幼稚園の先生よりも綺麗だった。当時、竜聖が夢中になっていたアニメに出てくるヒロインより、美人かも知れない。
 女性は何かを探すように、しばらくあちらこちらを見回し何事か呟いていたが、ふと竜聖に気づいた。そしてゆっくりと歩み寄る。
 女性は、まだ完全に日常の意識の戻っていない竜聖の上着をまくり上げた。それは竜聖との身長差を考慮してしゃがむという気遣いの、一切ない無遠慮な行動だったため、竜聖は半ば吊り上げられるような格好となった。そして女性は白魚のように細い指を竜聖の胸の素肌に這わせる。
「一足遅かった。仙珠が完全に根付いたか」
 女性は、何の感情もこもらない声で呟いた。
「こうなってはもはや取り出すことは叶わない。いや、取り出すことはできるだろうが、それでは仙珠の力を完全には使えない。仙珠と心臓の同化を解除できれば問題はないのだが」
 そう言うと女性は見下ろすように竜聖の瞳を見た。竜聖も女性の目を見返す。
 思わず、寒気を感じた。まるで人形とにらめっこをしている気分なのだ。決して動かないとわかっているのに、突然動き出しそうな、そんな怖さが人形にはある。
 竜聖はわずかながら、それに似た恐怖を感じた。
「やはり、同化させるのに仙珠の力を使っているようだな。どこまで賢(さか)しい男なのだ、千岳大帝という男は」
 初めて感情らしいものを女性が見せた。だがそれは「いらつき」であり「怒り」である。表情にさして変化はないが、竜聖は何となく身震いするほどの寒気を感じた。
 女性が少しだけ鼻を鳴らして川面の方へと目をやった。
「いずれにせよ、術をかけたあの男でなければ、この仙珠は取り出せぬということだな。これだけ仙珠の力を引き出せるようになるまで、どれほどの研究をしたのか。あの男の聡明さであれば、まず第一に、玄帝陛下の仰せになることが理解できぬはずはあるまいに」
 そして再び竜聖を見下ろす。感情のない目で。
「何もかもが後手に回ってしまった。ここへ来て事態は最悪の展開となってしまったようだな。この仙珠がなければ、『道』を完全に回復させることはできない。仙珠が『熟して』奴が取りに来るまで、おそらく十年。その間に奴を見つけ、仙珠を取り出させるか」
 しかし自分で言ってから女性はかぶりを振った。
「いや、それでは仙珠の方に力が足りない。一度人の精気で育つよう『呪(しゅ)』をかけられた仙珠を元に戻すには、玄帝陛下直属の道士でなければ叶うまい。私が作った仮初めの『道』は、あと一刻ほどで消えるだろう。もとより、奴の根城で強引に割り込んだ『呪』、よくぞこの世界に来られたものだ。今の私では、奴がかけた『呪』の抜け道を探すのは困難だ。やはり仙珠が熟すのを待つよりほかにない。となると、その間、あの男を泳がせることになるが……」
 女性は感情のない冷たい目で竜聖を見下ろしたまま、何事か思案している。
「この際、奴を泳がせるのはよしとしよう。奴とて、仙珠もなしに人間界を支配することは叶うまい。問題はこの少年か」
 そう言ってから、初めて女性はしゃがんで竜聖と同じ目線になった。
「少年。今私が話していたことが理解できたか?」
 機械的な口調で女性が問う。
 わからない、と竜聖は首を横に振った。
「そうか。まあ、奴が仙珠の宿主(やどぬし)に、その何たるかを話すとは思えん。ましてやこんな子どもだしな。だがこの先、何かの折に触れて、この少年が仙珠とその力に気づくことがあるかも知れぬ。そうなった時、下手をすると……」
 女性は竜聖の瞳を見据えた。
 さっきの大男とは違うものだが、やはりこの女性の瞳に宿る光にも意志の強さが表れている。だが、大男ほどの複雑さはない。
 その瞳に宿る感情を、幼い竜聖は容易に察することができた。
「おねえさん、ころしや?」
 思ったままの言葉が口をついて出た。
 竜聖の言葉がすぐには理解できなかったのか、女性は一瞬首を傾げたが、すぐに合点がいったらしく、不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「なるほど、今の私はこんな子どもに見透かされるほど、殺気を発しているのか。これでは奴に気取(けど)られて当然だな」
 そしてゆっくりと立ち上がる。竜聖を見る双眸は無感情のままに。
「少年、今からお前の記憶を封じる。今日この時、ここであったことすべてを忘れるのだ。その方がお前のためでもある。なんと言っても、命の期限が切られてしまったのだからな。死期を悟ってなお、充実した生を送るには、お前はあまりにも幼すぎる」
 次に、竜聖の側に転がる二つの死体を見やった。早くから気づいていたようだが、彼女の目にも態度にも、全く動揺した素振りはない。
「それに人の死を受け止めるには、お前はまだ経験不足だ。このことも封じておいてやろう」
 女性はもう一度竜聖を見た。


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