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作品名:仙珠伝奇 作者:ジン 竜珠

第13回 第一章・十二
 六月に入ったが、まだ梅雨入りはしていない。にもかかわらず朝から照りつける太陽はすでに夏のそれであり、幼い竜聖は母にかぶらされた帽子が風で飛ばないよう、両手で押さえながら、川原へと駆け下りていった。
「そんなに走ると、転ぶわよ」
 母の声を背で聞きながら。
「いいじゃないか、男の子はあれぐらい元気でないと」
 父の声を背で確認しながら。
 六歳当時、竜聖は両親と妹の美凰と四人で、とある田舎に暮らしていた。五歳だった美凰は体、特に呼吸器が丈夫とはいえず、空気のよいところで療養をさせたいというのが両親の想いだったらしい。通常の治療に耐えられるまでに回復させるという意向もあったというのは、中学生になった頃、伯父から聞かされた。
 もっとも家族四人暮らしといっても、父はコンピュータ関係の事業で一応の成功を収め、自分の会社を経営していた。そのため普段は街で別に住居を用意して仕事に専念し、家には月に三、四日帰る程度であったが、それだけに父は、竜聖にとってよき父であろうとした。
 そして竜聖も父が好きであった。竜聖の目から見ても父は疲れているというのに、それでもなお遊んでくれる父に、竜聖は幼いながら感謝の気持ちを抱いていた。
 今日も朝早くから、家の近くの渓流までピクニックに出かけているのだ。美凰は体調が安定しないということで、伯母の鴻野良志子(よしこ)とともに家に留守番となった。
 川原へと駆け下りた竜聖は、一番乗りの名乗りを上げた。その時。
 何かが川から上がってくる気配を感じて、そちらに目を転じた。
 五月人形の「鍾馗様」のような大男が、ゆっくりと川から岸へと上がってくる。大男の服はあちこちが破れ、血のにじんだ後や、服の破れたところから鋭い刃物で切られたかのような傷が見える。
 異様な雰囲気に、思わず竜聖は泣き叫んだ。
 その声に、父と母が駆けてくるのが聞こえる。
 その間にも大男は岸に上がり、竜聖に向かって歩いてくる。
 そしてまさに大男が竜聖へと手を伸ばした時、父と母が間に割って入った。
 父が母に、竜聖を抱えて自分の後ろに隠れるように指示しているのが聞こえた。だが、その直後、風のうなる音がして、何かの倒れる音が耳に届いた。そしてそのあと、何かの破れる音がして、竜聖を抱きかかえたまま、母がくぐもった声を上げて吐血し、動かなくなった。
 竜聖は母から離れ、あたりを見た。
 父の胴体が川原に横たわり、そこから少し離れたところに頭が転がっていた。
 母はうつぶせに倒れ込み、その背中には大きな穴が空いて骨が見えていた。
 一瞬、竜聖の意識が空っぽになった。
 何が起こったか理解できない。
 目の前で起こったことの意味が理解できない。
 母の体を力の限り揺さぶる。しかし、何の応答もない。何度も何度も揺さぶり、母を呼ぶ。
 母の顔をのぞき込んでみる。母は目を開けたまま、口から血を吐き出していた。そこには竜聖の大好きな母の体温は、微塵も感じられなかった。
 それで、もう二度と両親と会えないのだということを理解できた。理解できた途端、竜聖は泣いた。泣き叫んだ。
 その潤んだ目で大男を見る。
 憎しみが抑えきれなくなった竜聖は、両手を血に染めた大男に、殴りかかった。
 ただただ、がむしゃらに殴りかかった。
 しばらくすると殴るのに疲れて、竜聖は座り込んだ。座り込んで、泣いた。
 すると、大男がしゃがみ込んで竜聖の顔をのぞき込んだ。
 大男の顔を見た時、竜聖は思わず、泣きやんだ。
 大男の目からも涙があふれている。
 とても哀しそうだった。
 大男は言った。
「すまぬ。咄嗟のことだったとはいえ、お主の身内には取り返しのつかないことをしてしまった。冷静ではなかったと思う。許してくれとは言わぬ。いくらでも儂(わし)を恨むがいい」
 嘘をついているとは思えないほど深い哀しみに満ちた表情だった。だがしばらく目を閉じてうつむいたかと思うと、大男は決然と顔を上げた。その時は、大男の顔からは哀しみの色は消え、代わりに厳しさがあった。
「少年よ。儂には大望(たいもう)がある。それを果たすためには、今一度、この仙珠に力を与えねばならぬ」
 そう言うと大男は、右手に持った紅く透き通った結晶を見せた。


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