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作品名:言凝、幸わう星 作者:ジン 竜珠

第9回 第一章・八
 ちなみにバイト歴は中一の頃からだから、四年。そのうち一番長く続いているのが、さっきまで行っていたバイト先だ。
 坂道を二分ぐらい上ると、左にカーブする。すると家が見えてくる。
「あ。明かりがついてる。和穂さんが来てるな」
 家に明かりがついていた。和穂さんは鍵を持っているから、おそらく彼女だろう。彼女は、今は別に暮らしている。理由は至極単純で、彼女にも「生活」があるからだ。詳しくは俺も知らないし聞かない(ようにしている)のでわからないが、男の人と暮らしているらしい。そんなわけで、いい機会だからと俺は一人暮らしを主張し、和穂さんは、かなり後ろ髪を引かれるような様子ながらも、相手の家へと移っていった。
「あれ? お隣さんにも明かりがついてるな。誰か引っ越してきたのか」
 俺の家から道を一本挟んで十七、八メートル上ったところに、一軒の洋館が建っている。これは皇の親戚筋がやっていた、洋風の旅館だった建物だが、こちらもずいぶん前に廃業したそうで、長いこと空き家になっていた。窓から明かりが漏れているから、遂に住人が決まったということだろう。
「ただいま」
 玄関に入ると、和穂さんが出迎えてくれた。
「お帰り、眞(しん)ちゃん」
 ボブカットで丸縁眼鏡をかけた、ほんわかした風貌の女性、この人が和穂さんだ。実際の年齢よりも、かなり若く見られるそうだが、実年齢を知っている俺も、ちょっとその年齢が信じられなくなるぐらい、確かに若い。
「よう、邪魔してるぜ」
 和穂さんに続いて、一人の男性が現れた。三十代半ば、背が高くがっしりとした体つきの偉丈夫。無精ヒゲに首の後ろで髪をチョンマゲにしているもんだから、ちょっと普通の職業についてない感じがする。「何でも屋」をしているそうだけど、実際にどんなことをしているのかはわからない。昔はどこかのお寺で修行僧をしていたそうだけど、破門されたとかで、今は還俗(げんぞく)しているとか。
 名前は彩貴(さいき)真雄(しんゆう)。親父の古い友だちだということだ。実際、俺も十歳の頃から(というより今の記憶がスタートしてから)世話になっている。バイト先を世話してくれたり、社会常識を教えてくれたり。今思えば、真雄さんのおかげで俺は社会に対して、まともに生きていられるような気がするのだ。
 真雄さんはいつものように白いシャツにジーンズ、黒い革ジャンというスタイルだった。
「眞ちゃん、晩ご飯は食べたのよね? だったら、デザートがあるから食べましょ。『エスペランサ』のレアチーズケーキを買ってきたの」
 和穂さんは俺のことを「眞ちゃん」と呼ぶ。俺の本当の名前は「皇・ラングス・眞悟(しんご)・アーヴィング」、つまりハーフなのだ。そんなことから、和穂さんは俺を「眞ちゃん」と呼ぶのだ。
 でも俺は、名乗る時は「皇アーヴィング」と名乗ることにしている。二つの国の親が遺してくれたもの。それが俺だからだ。
「バイト先は海浜地区の『WE(うい)らんど』だったな。どうだ、あそこの味は、ものになったか?」
 そう言って真雄さんは笑う。
「無茶言わないで下さいよ。俺は皿洗いなんスから」
「隠すな隠すな。今じゃ、お前が『まかない』を作ってるって聞いてるぞ」
「そうよね、ほんとに眞ちゃんは料理が上手になったもの。私よりも上手だし」
「勘弁して下さいよ。俺のは勘だけでやってる自己流なんですから」
 靴を脱いで上がりかまちに足をかけた時、俺は隣家のことを聞いてみた。
「あ。そう言えば、和穂さん。お隣さんが越してきたみたいだけど?」
「そうみたいね。ここに来た時、明かりがついてたから、どなたかが越してらしたな、て思ってたけど」
「ということは、和穂さんも知らないのか。まあ、無理ないか。皇って、親戚多いからな」
 そんなことを言っていると、チャイムが鳴った。
「ああ、いいよ、俺が出る」
 厨房の方へと引っ込み掛けた和穂さんに声をかけると、俺は踵を返して玄関に向かった。真雄さんは、今はダイニング兼リビングになっている、旧大広間にいるんだろう。
「はい。どちら様ですか?」
 インターフォンなんてものがないので、扉越しに問うてみる。
「隣に越してきた者ですが。夜分遅くに失礼とは思ったんですが、日中はお留守だったものですから」
 若い女性のようだ。噂をすればなんとやら。俺は扉を開けた。


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