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作品名:言凝、幸わう星 作者:ジン 竜珠

第79回 第七章・十二
「これは?」
 妙な「何か」が近くに出現していた。気配からして、俺の真上辺りだろう。それをどう喩えたらいいか。強いて言うなら、空間の「余り」または「ダブり」だろうか。本来あるはずのない余分な「空間」が、何故か近くにあるのだ。俺の目にも、明確な言凝としては見えなかったが、確かにそこに「ある」のだ。それに気づいた瞬間、俺の脳裏に一つの「賭け」が閃いた。
 閃いた瞬間、俺は躊躇する事なく、それを実行した。俺の言凝を響かせ、その余剰な空間を俺の前に引き下ろした。空気の袋に入ったかのような感覚が俺を襲う。突風に吹かれ、周囲から圧迫される中、一瞬だけ、妙なものが見えた。夜景のようだが、それが何なのか吟味する余裕なんかない。引き下ろした空間が俺を飲み込んだことで周囲の空間とのバランスを崩し、周囲が一瞬だけ震えた。
 その間、俺には刀月の行動が見えていた。
「何? 消えただと!? どこへ行った!?」
 慌てて辺りを見回す刀月。だが、俺は位置を変えてはいない。本来あるはずのない空間を引き寄せたことにより、そこに有り得ない空間が出来てしまった。有るはずのない空間が出来たことで、そこだけ「無いもの」として認識されてしまうのだ。それを視覚で認識できない刀月には、俺が消えたように見えたのだ。
 俺を飲み込んだからか、あるいは寿命だったのか、余剰空間は弾けた。その時、何らかの歪みが戻ったのだろう、空気中に地震が起きたかのような振動が起こり、刀月を弾き飛ばした。
 毒づきながら立ち上がった刀月は俺を見て目を見開いた。
 俺は右の拳に言凝を響かせて立っていたのだ。
「刀月、覚悟ッ!」
 俺は自身の言凝を響かせて刀月との距離をゼロにした。そして壁や床を崩したのと同じ響きを拳に響かせ、思い切り刀月の顔面を殴りつけた。
 硬い感触があったかと思うと、刀月は七、八メートル吹っ飛んだ。
 ゆっくりと立ち上がった刀月は、俺を八つ裂きにしても足らないと言わんばかりの形相で俺を睨む。そして駆け出したその瞬間。
「おごっ!」
 一声呻いて立ち止まった。身を細かに震わせ、右腕を天に向けて差し出す。
 刀月の体に、亀裂が走っていくのだ。
「あ、あ、あ、あ、あ!」
 断末魔のように、刀月は意味のない声を、絞り出した。

 マスミさん、真雄さん、そして咲弥とかいう、あの女が、来ていた。
 俺の頭痛は治まり、刀月の姿も普通の人間に見えている。刀月は咲弥に膝枕をされていた。
「アーヴィング君」
 と、しゃがれた声で刀月が俺を呼んだ。
「約束だったな、何が訊きたい?」
 俺は一瞬ためらったが、意を決して言った。
「何故、六年前のあの時、親父を助けようとしたんだ?」
 記憶の中で、燃えさかる工場で、刀月は確かに手を差し伸べた。それまで殺し合っていた親父を助けるように。
 首を傾げていた刀月だが、思い出したのだろう。
「ああ、あれか。そんなこともあったな……。たいしたことではない。あいつは俺の友であり、憧れだったからだ」
 思いがけない言葉に、俺は耳を疑った。
「憧れ?」
「あいつは、俺にないものをたくさん持っていた。だから憧れた。羨ましかった。憎むということは考えられなかった。そんな友を救けるのは、当然の行為ではないかね?」
 にわかには信じられない。だが、刀月は穏やかな表情と声で言った。
「咲弥に名を付けた時も、哲弥のことが頭の端にあったのだろう。だからこそ、同じ字を貰ったのだ」
「それほどの友なら、どうして六年前のあの時、あんな事に……!?」
 いつの間にか、俺の目からは涙が流れ出していた。


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