小説&まんが投稿
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:言凝、幸わう星 作者:ジン 竜珠

第77回 第七章・十
 その時、頭の中が空っぽになった。そして空っぽになった頭に、言葉が響いた。
「大丈夫だ、アーヴィング。お前は言凝を操ることが出来るじゃないか」
「そうよ、何よりも、恐怖心に負けないで!」
 記憶の中で聞いた親父とお袋の声だ!
 その瞬間、俺は我に返った。
 気がつくと、辺り一面、真っ白な中にいる。見渡す限り、白、白、白の空間だ。
 何もない空間に、俺は一人で立っている。
 いや、俺は一人じゃなかった。気配に振り向くと、そこには二つの影が立っていた。その影は見間違うはずもない。
「親父! お袋!」
 そこにいたのは、見紛うはずもない懐かしい姿。駆け寄ろうとする俺を制するように右手を挙げると、親父は言った。
「俺たちは、いつもお前と一緒にいるぞ」
「そうよ。あなたとともに」
 お袋が微笑む。
 俺の涙が溢れて止まらない。
「アーヴィング、刀月を助けてやってくれ。あいつはあいつなりに、この世界のことを心配してるんだ。ただ、それが曲がっているだけなんだ」
「彼は、とても純粋で、純情な人。自分の『想い』が叶わぬものであることを知って、泣きじゃくっているだけなの」
「わかんないよ、親父の言っていることも、お袋の言っていることも!」
「今はわからないかも知れない。いや、わからない方がいい。でも、これだけは忘れないでくれ。刀月は、本当はいい奴だ」
 親父は笑顔を浮かべると、お袋と顔を見合わせた。
 そうしてからもう一度、俺を見る。
「がんばれ、アーヴィング!」
「応援してるわよ!」
 この言葉を最後に、二人の姿が霞んでいく。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 親父、お袋、行かないでくれ! 待ってくれ!」
 だが、俺の願いもむなしく、二人の姿は消えていった。そして辺りの風景も暗転していった……。

 一瞬の出来事だったのか。刀月は俺から七、八メートル離れたところにいる。つまり、さっきから時間がほとんど経っていない。
 でも、さっきまでとは少しだけ違うところがあった。刀月の周囲に、記号のようなものが浮遊しているのだ。それだけじゃない、奴の背後に魔法陣のようなものが浮かび、そこにも記号や文字のようなものが浮かんでいるのだ。
 あの時……嶋野さんの偽物を見た時と同じだ。
 ふと俺を戒めている蔦を見る。これも無数の文字や記号で出来ていた。そして俺は、感じ、理解した。
 俺は言凝を使える!
 蔦を睨み、この言凝をほどく響きをイメージする。一瞬で蔦は消え去った。
 一歩を踏み出し、刀月を睨む。
 鬼と化した刀月は、明らかに動揺していた。そして決着をつけようと思ったのか、一気に間合いを詰めてくる。
 向かってくる刀月に、俺は響きを送った。
 声で。
「止まれ、刀月!!」
 宙を飛んできた刀月は、強風に吹き飛ばされたように、バランスを崩し、五メートルほど飛んで背中から落ちた。
 呻きながら立ち上がる刀月だが、目に見えてその挙動はおかしい。しきりに首を振っている。
「ばかなバカな莫迦な! 貴様如きが、言霊を扱えるはずがない!」
 どうやら、俺が今やったことが信じられないようだ。
「私でさえ、この境地に至るのに、何年も何年も費やした! 昨日今日、言霊に触れただけの貴様に! こんなバカなことが! 有り得るはずが!」
 歯がみをすると、刀月は大きく息を吐いた。
「そうか。奥義書か。奥義書だな! 貴様の中にある奥義書が、貴様にその力を与えているのか! ますます欲しくなったぞ! ただの人間を言霊使いへと変容させる、その力が!」
 大口を上げて笑うと、牙が覗く。鬼の表情(カオ)をした刀月が、こちらに駆けてくる。だが。
「跳べ!」
 俺の言葉に応えるように、刀月は跳躍し、俺の頭を越して十メートルほど向こうへ落下した。
「おのれっ!」
 怨嗟の声とともに起きあがり、こちらを睨め付ける刀月には、俺の表情は涼しげに見えただろう。
 だが、俺も必死だったのだ。
 嶋野さんの偽物を見た時と同じように、目眩と吐き気がおさまらない。今はそれに加えて、頭痛までする。
 奴を倒すのが先か、俺が倒されるのが先か。
『親父、奴を助けろって、無理な相談だよ』
 心中、俺はぼやいた。助けるって事は、手加減するって事だ。手加減するって事は、力をコントロールするって事だ。困ったことに、俺はこの力がコントロールできない。
 刀月は十メートルの間合いを守っている。迂闊に近づけないと思っているのだろう。
 構わず、俺は言凝の響きを口にした。
「そこを動くな!」
 一言呻き、刀月がくずおれる。だが、何という意志の力か、あるいは俺の未熟さ故か、刀月は震えながらも立ち上がる。
 そこで俺の集中も切れた。


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 小説&まんが投稿屋 トップページ
アクセス: 121