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作品名:言凝、幸わう星 作者:ジン 竜珠

第76回 第七章・九
「『咲弥』という名前も刀月様が下さった。私という存在がいつまでも咲くように、そして新世界がいつまでも咲き誇るようにと、名付けて下さったの。あの方は私の全て。あの方がいなくては私は生きてはいけない! だから!!」
 涙でクシャクシャになった顔を上げ、咲弥はマスミに懇願した。
「お願い、あの人を殺さないで!!」
 その手にしたナイフは、刃の部分が消え去っていた。決してマスミの体内にあるのではない。マスミに触れた途端、その存在を消されたのだ。
 マスミは、ただ静かに言った。
「もう、遅いのじゃ」
 なるべく感情を排して言ったつもりだったが、わずかに語尾が震えた。
 咲弥が泣き崩れる。
「あー、取り込み中、ちょっと口挟んで悪いけどよ」
 バツが悪そうに、真雄がマスミに言った。
「空間に穴を穿った以上、どこかにその『しわ寄せ』が行ったと思うんだが、どこへ持って行ったんだ?」
 鼻をすすり、努めて明るい声でマスミは言った。
「必要な場所へ、じゃ」
「ああ?」
 わけがわからぬと、首を傾げるだけの真雄にマスミは、凛と通る声で言った。
「さあ、仕上げに行こう」

 最初に白状しておこう。
 俺はケンカが苦手だ。
 運動神経はいいとは言えないし、体格にだって自信はない。体育の成績は中の上といったところで、要するに平均程度の性能しか持っていないのだ。
 その俺が、自分でも驚くほどの反射力で、刀月の攻撃から身をかわしている。
「ちょこまかと!」
 何らかの体術を会得しているらしい刀月は、隙のない動きと無駄のない技で俺を追いつめようとしているが、そのことごとくをかわされ、いらつき始めていた。
 もう実感として理解できる。俺は、刀月の動きを、奴の体を構成する言凝の響きで予知しているのだ。
 奴が動く前にどの方向へ何をしようとしているのか、言凝の響きが空気を伝わる振動のようなものとなって、俺に伝わるのだ。
 ついでに言うと、俺の体の動きも言凝の響きを利用している。避けたい方向へ意識を向け、響きを再現すると、そちらへ動いているのだ。
『なんか、瞬間移動みたいだな』
 そんな感想を抱けるほど、俺の動きは常識を越えている。
 間合いをとると、刀月は眉間に思い切り皺を寄せて唸った。
「やむをえん。貴様の中にある『奥義書』に影響を与えたくないからと言霊を封じていたが、もはや、それしかないようだ」
 すぅ、と息を吸うと、刀月は一言、言い放った。
「止まれ」
 途端、俺の脚が動かなくなる。見ると、黒いヒモのようなものが絡まっていた。それは地面から生えて大樹に絡みつく蔦に似て、どこか有機的な肌触りがある。
 刀月が右手を開く。その手は人間の手ではなかった。
 節くれ立って折れ曲がった指、不気味に伸びて湾曲した爪。お伽話に出てくる魔女の手のようだ。刀月は自らの体にさえ、変化を与えているのか?
 いや、そうじゃない。奴の手は、多分、人間のままだろう。俺が、今の奴が持つ言凝の響きを視ているに違いない。とすると、奴はすでに人間ではない。
 そう思って顔を見た。一瞬、息が止まるかと思うほどの衝撃が、俺の胸を鷲づかみにした。
 鬼。
 奴の顔は、そういう表現しかできないほど、変貌している。頭から生えた二本の無骨な角、つり上がったまなじり、耳まで裂けた口。
 人間の顔であるはずがない。
 刀月が、否、鬼がニタリと笑う。薄く開いた口から、乱杭歯が覗き、よだれが糸を引いた。
 恐怖が、俺の心から湧き起こる。さっきまでは、まだ人間同士のやりとりだった。
 でも、今は違う!
 相手は、鬼だ、鬼なのだ!
 こんなのを相手に、ただの高校生である俺が、どうにか出来るわけがない。
 俺は恐怖のあまり、叫んだ。


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