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作品名:言凝、幸わう星 作者:ジン 竜珠

第75回 第七章・八
 マスミと真雄は、襲いかかる、いや群がってくる妖魔たちをさばいていく。それは人に似た何かだったり、鳥のような妖魔だったり、もはや形を成さぬものだったり。だが、いずれもマスミたちの敵ではない。事実、呪力を込めた片手で殴るだけで、妖魔たちは雲散霧消していくのだ。
 だが、数が多すぎる。この幻創空間のほころびを見つけようにも、集中する暇(いとま)さえない。
「やむをえん。真雄、ここを無理矢理、破るぞ」
「ちょ、ちょっと待て、それって」
 慌てたように真雄が応える。
「ここの空間に『穴』を穿つ、てことか!?」
 マスミはただ頷くのみ。
「まったく、無茶考えるよな、お前は。……わかった。そのぐらいの時間は稼いでやる」
 マスミは目を閉じた。
「すまない」
「いいってことよ」
 そう言うと、真雄は「真言」を口にした。
「ナマハ・サルヴァ・タターガタービャハ・サルヴァ・ムケービャハ……」
 不動尊の「火界呪」、その原音である。火界咒は炎の砦となり、真雄とマスミを防御する。妖魔たちは近づくことさえ出来ない。勇気を持って近づいたものは、炎の熱に当てられるだけで溶け去った。しかし、炎の輪は一瞬で消え去る。
 そしてその直後。目を見開いたマスミは気合いもろとも右拳を突き出した。
 ガラスの割れるような音が鳴り響き、世界が崩れる。そこに大きな穴。直径一メートルほどの穴は、黒くはなく、虹色の光彩を放っている。その光は、小さな文字や記号に似た光を放つ何かが集まって出来ていた。その穴から文字や記号の形をした光が漏れだし、崩れゆく幻創空間を浸食していった。その穴に向かい、マスミは二言三言、「言葉」を放つ。ただの言葉の羅列であり、言語としては意味を為さないが、言凝としてはこれ以上ない破壊力を持っていた。
 するとその穴は次第に光を失い、代わりに夜景が広がっていった。
 本来いた場所から見える、新市街のネオンだ。そこに一つの影。確認するまでもない、咲弥だ。
 彼女は一瞬、驚愕の表情を浮かべたものの、すぐに決意をかためたような表情になった。
 それは悲壮なまでの決意。
「マスミィィィィィィ!」
 それまで冷徹な氷のようだった咲弥が、憎悪を剥き出しにして、叫びながら向かってきた。その手にはナイフ。何らかの魔力が込められているのか、赤黒い光で鈍く輝いている。
 ナイフは一分の狂いもなくマスミの心臓を貫いた。
「お前さえ、お前さえいなければ!」
 咲弥の叫びは、涙声であったか。
 幻創空間はすっかりと消えていた。
 己にナイフを突き立てる咲弥を、マスミは優しく抱きとめる。
 肩を震わせ、嗚咽混じりに、咲弥は誰に言うともなく語り始めた。
「私が処女を失くしたのは、九歳の時、実の父によってだった。それを知った母は、私に辛く当たった。それは夫を寝取った女に対する、嫉妬に似ていた。父からの性的虐待、母からの虐待。ある日、私はそれに耐えられなくなって、二人を殺した。どうやったかなんて覚えてない。その後、私は逃げた。得体の知れない男や、カタギではない組織の世話になったりもした。でも、そこにも私の安らぎはなかった。ある日、ふとしたことからトラブルに巻き込まれ、私は追われる身となった。その時出会ったのが、刀月様だった」
 そして刀月は、咲弥を見て言ったのだ。
「強い『負の感情』こそが、世界を変える力の依り代となる。絶望こそが希望を望み、引き寄せる鍵となるのだ。娘、俺とともに来るか?」
 と。
「私は刀月様について行った。最初は単に私を追うものから身を隠すためだったけれど、そのうち私は気づいた。ここにこそ、私の居場所があるって。……ただの使い走りだろうと、性欲のはけ口であろうと、どういう形であれ、刀月様は私を必要としてくれた。『私』という存在を踏みにじるようなことはしなかったわ」
 大粒の涙が咲弥の瞳からこぼれ落ちる。


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