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作品名:言凝、幸わう星 作者:ジン 竜珠

第72回 第七章・五
 ああ、そうか。
 俺は唐突に気がついた。あの時にあったことを思い出しているだけじゃない。今の俺の感性というか、知識も一緒に反映されているみたいだ。
 俺の記憶の劇場は、ほんの少しの空白を挟んで、次の場面になった。

 炎の中で、親父とお袋が俺を見下ろしている。お袋の戒めはいつの間にか解けたようだ。あるいは親父が解いたのか。
 だが、二人とも無傷とは言えなかった。
 お袋は息も絶え絶えといった感じだったし、親父に至っては、右腕が見えなかった。いや、なかったのだろう。
 そして、その向こうに一人の女性がいた。絶世の美女だ。今の俺ならわかる。マスミさんだ。多分、異変を感じ取って、神足通でやって来たのだろう。
「先生、何とかなりませんか!?」
 必死の声で親父がマスミさんに言った。
 だが、マスミさんはゆっくりと首を横に振る。
 泣きそうな顔で親父が俺の顔をのぞき込む。だが、直後に親父は何かを決意したように口を真一文字に結んだ。
「先生、私の命は?」
 首を傾げるマスミさんに、お袋も聞いた。
「私の命は? そう長くはないのでしょう?」
「お主たち、もしや!」
 マスミさんの言葉に、頷いた親父たちははっきりと言った。
「私たちは、もう長くない。でも、もし、私たちの命で息子が助かるなら、そうして欲しいのです。先生にはそれだけのことが出来るはずです」
「じゃが、哲弥、今なら、主らだけなら助けることは出来る!」
 必死に説得するマスミさんにゆっくりと首を振り、お袋が言った。
「私たちは、命を継いでいく義務があるんです」
「ヴァージニアの言う通りです。私たちは次の世代に世界と命を託し、繋いでいく義務がある。その繋いでいくべき命が、失われようとする今、私たちがするべき事は一つのはずです」
「お主たち」
 マスミさんが、両の目から涙を流していた。それはまるで壊れた蛇口のように、制御がきかず溢れるようだ。
「お願いします」
 二人が頭を下げる。
 目を閉じ、いったん、天を仰いだマスミさんは、深呼吸をしてこちらを見た。
 あいかわらず涙は流れていたけど、その表情は凛としたものだった。
「わかった。確かに時間がない。どちらを生かすか、今決めねばならん」
 そして親父たちを見る。
「本当によいのだな?」
 頷く二人を見て、もう一度、顔をクシャクシャにして泣くと、マスミさんは親父から奥義書を受け取った。
「主ら二人の『命』をほどき、この書の補助をもって、この子を助ける!」
 しっかりと宣言すると、マスミさんは書を片手に呪文を口ずさみ始めた。親父たちの周囲を光の粒が舞う。いや、あの光の粒は親父たちから出ているのだ。その粒は一度、書に集まってから、俺に流れ込んでくる。それは光の粒以外の何物でもなかったが、何故か俺の心の中に親父とお袋の言葉が流れてきた。
『アーヴィング、強く生きろ』
『優しく育ってね』
『正しいと思ったことを貫き通せ』
『人を愛することの大切さを学んで』
『俺たちは、いつもお前を見守っているぞ』
『私たちの命は、あなたの中で生きるの』
『お前は、私たちだけの希望じゃない、いつかお前を必要とする、多くの人たちの未来でもあるんだ!』
 静かだけど、確かに親父たちの心が俺の中に息づいている。
 その言葉が終わった時、ふと見ると、マスミさんは倒れ込むように跪いていた。両手を床につき、そして、慟哭していた。
「すまぬ、すまぬすまぬ、すまぬ。儂はなんと愚かで未熟なのじゃ。人一人救うどころか、二人を殺して一人を助けるとは……! これが、言凝を使う者のやることか! 永く生きて、儂は何をしてきたのじゃ! 何を修業してきたのじゃ! 何を極めようとしているのじゃ!?」
 マスミさんは、ただただ泣くだけだった。
 その時、俺は理解した。
 この姿が、本当のマスミさんなんだ。いつも自信に満ちて向かうところ敵なし、て感じだけど、それは表面だけのこと。多分、彼女自身はとても感受性が強くて、自分の行動がどういう影響を及ぼすか、いつも考えてるんだ。だから、相手がどんなことになってしまうか、そのことに心を砕き、そして涙できるんだ。
 そして何より、彼女を必要とする人や頼りにしている人たちのために、彼女は「強い」存在であろうとしてるんだ。
 そんなマスミさんだったから、親父やお袋や、リューカや未来さんは、あんなステキな人たちなんだ。
 やがて、消防車や救急車のサイレンが聞こえてきた……。


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