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作品名:言凝、幸わう星 作者:ジン 竜珠

第71回 第七章・四
「!? あなたは!?」
 何かの気配に驚いたお袋が息を呑み、振り返る。それと同時に、俺とお袋は、光る縄に巻き取られてしまった。いつの間にいたのか、俺たちの背後に、髪の長い女が立っている。女は二十二、三歳ぐらいに思われた。
「ヴァージニア! アーヴィング!」
 親父がこちらを見て、青ざめながら叫んだ。
「すまんな、哲弥。だが、俺はどんな手でも使うつもりだ」
 親父が白くなるほど両の拳を握る。歯ぎしりの音が聞こえてきそうだった。だが。
「今すぐ、この縄をほどきなさい」
 お袋が背後の女性に声をかけた。なんか、不思議な感じの声だ。そんなにきつくないのに、何故か強制力を感じるような声。その直後、背後の女の様子がおかしくなった。
 顔面は真っ青になり、汗をだらだらと流している。小刻みに震えながら、右腕を上げようとしている。
 ……いや、逆に腕を下げようとしているみたいだ。まるで何かに吊り上げられそうになっている腕を、力一杯、下ろそうとしている。そんな風に見えるほど、女の顔は懸命だ。歯を食いしばり、苦痛に耐えているようにさえ見える。そして小さく何かを呟いている。
「わ、我、汝の戒めをほどき、王国への帰還を……」
 一言一句が聞き取れた訳ではないし、小声だったのでよくわからないが、どうやら何かの呪文のようだ。呪文を唱えながら、右手で何かの模様を空中に描いている。その動作にあわせるように、俺たちを絡めていた縄の光が弱くなっていく。あと少しで光が消えて、抜け出せそうになった時。
「もどせ、咲弥!」
 男が叫んだ。なんと言ったらいいだろう、その声は太く、俺の腹の底まで響いてくるくせに、なぜか俺を通り越していくような軽さを持っていた。そして実際、それが俺に向けられたものでないことは縄の戒めが再び強くなったことから知れた。
「申し訳ありません、刀月様」
 荒い息をつきながら、女が「刀月」と呼ばれた男を見た。
 そして。
「しばし、眠れ、ヴァージニア」
 またあの声だ。途端、お袋の体から力が抜ける。
「ヴァージニア!!」
 親父の必死な声がする。
「哲弥、お前にはこの程度の児戯は通じない。だが、それはお前も同じだ。お前の術が俺に影響を及ぼせるとは思うまい?」
「だから、妻と子どもに……!」
 憎悪のこもった声、というのは、こういう声を言うのだろう。低く力のこもった声、喉の粘膜を抉るような声、そして出来うるならば、声で相手を刺し貫いてやりたいという意志のこもった声……。
「許さんぞ、刀月!」
 親父が激昂した。刀月がよろける。
「ほう」
 と、刀月がニヤつく。
「面白い。お前とは一度、本気でやり合いたいと思っていた」
 刀月が息を吸い込み、叫んだ。
「千切れろ!」
 親父が呻いて右肩を押さえる。袖口から、血が垂れ流れ、地面に滴っていくのが見えた。
「弾けろ!」
 負けじと親父も叫ぶ。
 声もなく、刀月が胸を押さえる。眉間に皺を寄せ、何かを飲み込む仕草をしたが、むせるように咳き込んだ。そして、吐き出す。大量の血を。
 俺は理解した。二人は殺し合っている。確かに奇妙な術を使ってお袋に何かしたのは、許せない。でも命を奪ったわけではない。殺し合うほどの理由とは思えない。
「やるではないか、哲弥」
「お前にだけは、負けるわけには」
 二人とも、息を切らしながら睨む。
「フン。正義の味方を気取るつもりか?」
 揶揄するような言葉に、しかし、親父は驚くほど静謐な声で答えた。
「そんな大それたものじゃない。お前のやろうとしていることは、結局、世界を滅ぼすことだ。そんなことをしたら、ヴァージニアやアーヴィングが死んじまうじゃないか」
 あっけにとられる表情をしたのは、刀月という男だけではなかった。いつの間にか、お袋の隣に立っていた髪の長い女も、予想もしなかった言葉を聞いて唖然となっている。
「刀月、お前も家族を持てば、わかるさ、俺の言っている意味が」
 そして、女を見る。その瞳は、不思議と穏やかだった。
 刀月は、しかし、忌々しげに言った。
「そのような情に、惑わされていては、世界の変革は叶わん!」
「いい加減、自分の心を認めろ、刀月!」
「黙れ黙れ黙れ! お前に何がわかる! マスミに小さい頃より必要とされ、愛されたお前に、俺の気持ちの何がわかる!?」
「刀月、お前」
 親父が息を呑んだ。
「先生は、そんなことはないぞ」
「お前にはわからんのだ、名家に生まれたが故に、常に高いハードルを設定され、それを超えることを要求される息苦しさを!! ただ、それだけを期待される辛さを!!」
 刀月は泣いていた。いや、涙は流れていないけど、俺には泣いているように見えた。
 息を吸い込むと、刀月は一言だけ言った。
「終われ」
 その途端、親父が胸を押さえ、大量に吐血した。そして崩れるように膝をついた。その弾みに手にしていた奥義書が床に落ちる。刀月が駆け寄るが、それより早く親父が拾い上げる。そして、鼻をつき合わせるほどの距離で、刀月に一言だけ言った。
「お前こそ、終われ」
 刀月が胸を押さえて、後じさる。直後、噴き出すように鮮血を吐いた。よくわからないけど、お互い、胸にダメージがいったらしい。しかし、致命的なものとはならないようだ。
 二人の間に、静かな緊張が満ちていく。その時、俺は見ていた。奥義書が、ほのかに光を放ち始めていたのを。そして二人のテンションが臨界に達した時。
「燃えろ!」
「爆ぜろ!」
 渾身の気合いで、刀月と親父が同時に叫んだ。その時、一体、何が起きたのか。
 突然、何かが破裂したような音とともに、親父の持っている奥義書が強烈な閃光を放ち、それがあちこちに飛び散っていったのだ。そして壁といわず天井といわず、当たって光を振りまいた。それと同時に花火が炸裂するような音が鳴り響き、ついに、本当に炎が立ち上ってきた。
 どうやら、残されていた火薬類が発火したらしい。だが、とてもそれだけとは思えないほどの火勢だ。どう考えても火薬なんか置いていそうにない、天井の梁からも烈しい炎が噴き出している。
 炎は瞬く間に広がり、俺たちは炎に閉じこめられてしまった。
「刀月様!」
 女が叫ぶ。
 刀月が不承不承ながら頷く。
「未だ神足通を使える境地にない以上、長居は無用だ。お前たちも早く逃げろ!」
 言いながら刀月は親父に手を差し伸べる。親父も右手を伸ばしかけたが、それは火薬によって弾け飛んできたガラクタに阻まれた。一度だけ舌打ちをすると、刀月は女に目配せをしてどこかへ駆けていった。
 だが、女は術を解いて行かなかったのだ。俺と意識のないお袋は、その場に縫いつけられたように身動きも出来ず、炎に包まれた。
 遠くで、親父が俺とお袋を呼ぶ声が聞こえた……。


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