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作品名:言凝、幸わう星 作者:ジン 竜珠

第70回 第七章・三
 この花火工場は、閉鎖されてからまだ日が浅かった。親父たちの話を聞く限りでは、機材や道具などはまだ搬出されておらず、立ち入り禁止だったそうだ。当然、入り口には厳重な施錠が成されていた。だが、
「開け」
 赤い表紙の一冊の本(というよりノートのようなもの)を開き、一言言うだけで、その南京錠はあっさりと、しかもひとりでに開いてしまった。
「これが『言凝』の力か。すごいな」
 ノートを見ながら、親父は唸っていた。
 お袋も、
「無機物にすら影響を及ぼせるなんて」
 と、しきりに感心していた。
「さあ、儀式の時間まであまり間がない。準備だ、アーヴィング」
 親父は笑顔で俺を見る。いたずらっぽい笑顔だ。俺は敬礼の仕草をして親父から折り畳んだ風呂敷を受け取る。
 お袋は方位磁石や何かの本を見ながら、ああでもないこうでもない、と言っている。時折、親父が一緒に本をのぞき込んで何か指示を与えていた。
 そんな様子を、俺はワクワクしながら見ていた。これから、「埋設儀式」という神秘なイベントがあるのだ。
 俺は親父の指示に従い、床の上で風呂敷を広げる。中には何枚かのお札が入っていた。
「一番上の札をそこに、二番目の札は、その右隣に。……そうだ、いいぞ、アーヴィング、君は世界一の符呪師になれるぞ!」
 親父が俺の頭をクシャクシャとなで回す。俺は誇らしげな気持ちで、満面に笑顔を張りつけた。
「ねえ、これはこっちでいいの?」
 お袋が工場内に置いてあった椅子を脇にどける。
「そうだなあ。そっちは二黒の方角だな。椅子は八白に属するから、そちらの方位に置いた方がいい。今月、八白の方位は……」
 そんな感じで話し合いながら、二人は作業を続ける。
 俺の仕事はお札を床に置くことだけで、早くも終わってしまった。二人は何やら難しい話をしながら準備をしているし、俺は手持ち無沙汰な状態で、なんとなく辺りを歩き回っていた時だ。
「見つけたぞ」
 低い声がした。それはまるで仇を見つけた時のような、凄みがあった。危険なものを感じた俺は、弾かれたように親父のところに駆けた。
 しゃがんで作業をしていた親父は、そのままの姿勢で言った。
「どうした、アーヴィング?」
 親父にしがみつく、俺の様子がただ事でなかったことを感じた親父が、怪訝そうに首を傾げる。その直後、俺の頭越しに何かを見つけた。
「刀月。お前、どうして?」
 明らかに敵意に満ちた声だ。息子の俺でさえ、無意識に体が震えた。
「用件は一つだけだ。その奥義書を渡せ」
「……断る」
 立ち上がり、親父は男を睨み据える。
「それがあれば、言凝の何たるかを会得できる。俺なら必ず出来る! そして、その力をもって、世界を改変するのだ。よりよい方向へな!」
「心にもないことを。お前が真に言凝を求めるのは、マスミ先生と同じ位置に立ちたいからだろう!? 人の身を超えた先生と同じ時間を生きるには、同じ境涯に立たなくてはならん。そのために言凝を求めるのだろう!?」
 優しげな、いつもとはうってかわって、厳しく相手を追求する親父が怖くて、俺はお袋の方へ駆け寄った。そしてお袋が俺を抱きとめた、その瞬間だった。


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