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作品名:言凝、幸わう星 作者:ジン 竜珠

第68回 第七章・一
 要するに、俺は刀月の言霊に操られてここまで来たということなのだろう。
「いや、それは正確な表現ではないよ、アーヴィング君。私がやったのは、君の周囲の空間に干渉することだ。実際に言霊の作用を用いたのは咲弥だよ」
 咲弥。あの黒いコートの美女だろう。あの女性も言霊が使えるのか。
 でも、俺は「歩いてこい」とかいう声を聞いた覚えもないし、何らかのイメージを送られた覚えもない。
「それが言霊の妙味だ。優れた言霊の力は、そのものに我知らず、効力を及ぼす。それを、より完璧に近づけるため、私は君の周囲の空間に力場を形成し、力が伝わりやすくした」
 俺が首を傾げたのを見て、刀月が眉をひそめて言った。
「マスミから聞いていないのか? 君はマスミに師事しているということだが? まあ、いい。まだそこまで修業が進んでいないのだろう。わかりやすく言ってやろう。君は確かに咲弥からの力を受けている。もしかしたら、それは頭の中で響く『声』だったかもしれない。だが、君はそれを自分の意志であると錯覚を起こしたのだ。外からの作用を、あたかも自分の意志であると思いこんでしまう。優れた言霊には、そういう力があるのだよ。巷間、用いられる催眠術とは、ここが異なる」
 何となくわかった。確かにマスミさんの言霊には、それだけの力がある。それは幻心との一件で、俺も体験済みだ。
「咲弥には、私の術を中継する役も担ってもらった。君の近くにはマスミがいるからね、ダイレクトに術を行使すると、マスミに気づかれる恐れがある」
 そうだ、マスミさんだ!
「こんなことをして、彼女が気づかないとでも思ってるのか!?」
 俺は腹に力を込めて叫んだ。ただでさえ気圧されているのだ、腹にしっかりと力を込めないと、倒れそうになる。
 刀月は、俺をバカにするような憐れむような、そんな笑いを口に張りつけて言った。
「いずれ気づく、いや、おそらくはとうに気づいているだろうな。だが、それに対しても前もって、手は打っておいた。ほんの少しだが時間稼ぎ程度にはなる、策をね。言凝とは世と人とを救う術であると、偏狭な思いこみをしているマスミなら、決して無視することの出来ない策だ」
 何を言っているのかさっぱりわからないが、マスミさんがすぐにはここに来られないということだけは理解できた。
「さて、始めようか」
 そう言うと、刀月は歩き出した。すると。
「あれ!?」
 そんなつもりはないのに、俺も刀月について歩き出してしまう。
「言い忘れたが、今は私の支配下にある」
 そう言ってから、くぐもった笑い声を立てる刀月。
 くそ。俺は抵抗しようと思ったが、どうにもならない。頭だけは自分のものなのに、体は別人のようだ。ていうか、首から下の感覚が希薄で、実感がない。かろうじて歩いて地面を踏みしめている感触が伝わってくる程度で、俺の足じゃないみたいだ。
 この感覚は、うまく言葉に出来ない。確かに俺の脚だという感覚があるのに、俺の脚じゃないような、そんな感覚。
 何とかこの術中から逃れられないかと考えていると、不意に、刀月が歩みを止めた。少し遅れて俺の足も止まる。
「ここは」
 俺は辺りを見回す。夜でも、ここがどこかわかった。
「あの時の、花火工場……!」
 正確には、当時、工場の一部だった、壁しか残っていない倉庫だ。
「封印を解き、君を本来の姿に戻すのに、ここほどふさわしい場所はあるまい?」
 振り返り、刀月は口の端を上げる。一瞬で俺の体温が下がった。背筋を駆け上るのは冷水どころじゃない。ドライアイスで背筋を撫でられたかのような、究極の悪寒。それほど、刀月は凄惨な表情を浮かべていた。
 あれは、もう人間じゃない。
 鬼の顔だ。
 俺は直感した。こいつは、もう、まともな人間の感情を持っていない。
 一体どんな妄執があれば、あれほどの表情が出来るのか。俺は、ただただ、恐怖するしかなかった。
「さあ、奥義書よ、我が前にその全てを顕せ!!」


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