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作品名:言凝、幸わう星 作者:ジン 竜珠

第67回 第六章・十一
 不快な「何か」が空を駆ける。
 澄んだ水面に、濁った波紋が広がるかのように、あるいは無色のカンバスに泥を塗りつけたかのように。
 マスミ、真雄ともに表情を険しくする。
「マスミ、これは!?」
「うむ。刀月め、何をするつもりじゃ!?」
 二人には、ここに居ながらにして世界各地で起き始めていることを視た。天眼通、いわゆる千里眼である。
 しばし考えた後。
「マスミ、こいつは罠だ。野郎、マスミをこの地から引き離してアーヴィングを……!」
 せっぱ詰まったような真雄の声に、だが、マスミは余裕の笑みで答えた。
「面白い。乗ってやろうではないか、奴の策に」
「……はあ?」
「儂が施した言凝の封印、どこまで奴の手に負えるものか」
「おいおい、なに呑気なこと言ってんだ! 下手すりゃアーヴィングは奴に!」
「殺されることなど、有り得ぬ。奴はアーヴィングが言凝の奥義書が化生したものだと信じ切っておる。ならば、一ページはおろか、一言一句とて失いたくはあるまい。奴が幻心に『無傷で』と指定したのは、そのためじゃ。下手に傷つけたりすれば、内容が失われるからな」
「しかし、奴も術者の端くれだ、アーヴィングの意識をどうにかして、人格的に『死』をもたらさないとは限らねえ!」
「それもない。奴はアーヴィングをカタビトじゃと思うておる。カタビトに意識や人格はない。奴からすれば、封印を解くことしか頭にないはずじゃ」
 自信たっぷりにマスミは断言する。
「でも……」
「真雄。儂は賭けてみようと思う」
「賭ける? 何を、だ?」
「おそらく刀月では、儂が施した封印は解けまい。じゃが、アーヴィングは別じゃ。記憶を取り戻すために、アーヴィングの側からは封印が解けるようになっておる。もしかすると刀月が仕掛ける『何か』が鍵となって、アーヴィングの封印を解除する一助(たすけ)となるやも知れぬ」
「えーっと、それって刀月は封印に対しては何にも出来ないが、アーヴィングの方はそれで封印が完全に解けるって思いこんじまう、いわゆるプラシーボ効果ってことか?」
 ゆっくりと頷いてマスミは真雄を見る。その瞳には強い決意の光が宿っていた。
「正直なところ、儂にもアーヴィングが何者であるのか、わからん。もしかしたら刀月の言うようにカタビトなのかも知れん。もしそうでなかったとしても、アーヴィングが完全に記憶を取り戻したら、儂のやったことを知るかも知れぬ。その時、アーヴィングがどんな結論を下そうとも、儂にはそれを否定する権利はない。じゃが……」
 真雄は黙って聞いていた。これは、マスミが自身に言い聞かせている言葉だ。だが、いや、だからこそ、真雄にはそれを聞き届け、その背中を押してやる義務があるのだ。
「アーヴィングの体を復元する時に、確かに埋設儀式用の言凝書を使った。それはつまるところ、アーヴィングには潜在的に言凝を理解し使いこなせるという能力があることを意味する。それは、コントロールできねば他者を滅ぼす、刃を手にしているも同然じゃ。じゃからこそ、儂にはあの者を善導する義務がある。もしあの者の心が憎しみだけに満たされたその時は」
 一呼吸置き、唇を噛みしめてから、マスミは言った。
 血を吐くように。
「儂は、あの者を封ずる。たとえ、カタビトであろうとなかろうと、『皇アーヴィング』というモノの存在を封印する!」
「……いいんだな?」
 一度だけ、問う。
 マスミも一度だけ、頷いた。
「じゃが、儂は信じたい。アーヴィングが哲弥とヴァージニアの息子である、と」
 それには真雄も、万感の思いを込めて頷き返した。


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