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作品名:言凝、幸わう星 作者:ジン 竜珠

第65回 第六章・九
 突然、目が覚めたように意識がはっきりとした。
「あれ? 俺、何で、外を歩いているんだ?」
 あわてて周囲を見る。海浜地区だというのが、月明かりで確認できた。それも工場がある辺りだ。夢遊病にしても、これだけの距離を歩いて来るというのはちょっと考えにくい。俺の家からここまではバスを使って十五分ぐらいかかるし、そもそもこの付近は俺にとっては不案内なところだ。そんなところへ無意識で、しかも歩いてくるとは思えない。
 着ている服は、トレーナーにジーンズ。かなり寒い。確か、マスミさんのところから帰って、少し仮眠をとってから風呂に入ろうと思っていたので、着替えないままだったのだ。
 もう一度、あたりを見回している時、不意に背筋に、冷水が駆け上るような悪寒を覚えた。同時に何者かの気配。
 俺は気配のする方へ向いた。
 そしてそこにいたのは。
「ようこそ、皇アーヴィング君。いや、マスミの残した奥義書の少年よ!」

 こうして二人してどこかで会い、話をするのが、この頃の日課となっていた。
 マスミと真雄は海浜地区の、海の見える公園に来ていた。
 夜な夜な逢瀬を重ねる男女、といえば艶っぽいが、この二人に関してはそんなことはない。
 いや、いつだったか似たようなムードになったことはある。だが、それは主に真雄からの一方的な思いであり、マスミがそれに応えるということは、ついぞなかった。
 しかしそれはマスミが真雄を嫌っていたということを意味するのではない。ただ、真雄のことをそういう対象として見ることが出来なかっただけだ。一方の真雄も、一度だけそういう素振りは見せたものの、やはり自分が修行中であること、そしてマスミが雲の上の存在だと思っていることから、思いを封印したのだ。
 そして何より。
 その時の二人は、世俗の人間が抱く普通の感情に対しては、恐ろしく希薄で透明な存在であったのだ。その澄み切った存在感故に、そして純粋な目的意識故に彼らは、世の中の全てから「見えなかった」のだ。
 だからこそ、真雄は密教の超人としてのみの姿が世に知られ、マスミはその痕跡さえ残されていない。
 もちろん、彼らとて人並みの感情は持っている。いや……。
「のう、真雄。儂らは人間なのか?」
「何だよ、藪から棒に?」
 低いトーンのマスミの声に、真雄は茶化すような声音で応える。
「応えてくれ。儂らは人間なのか?」
 すがるような、といえば大げさだろうか。真剣な答を求めるようなマスミの視線に耐えられず、真雄は目を逸らした。
「そうさなあ。物理的な意味からいえば、俺もお前も、人間じゃない。途中、『氣化』して『休眠』しながらも、千年以上生きてるっていうのは、どう控えめに考えたところでこの物理的次元の生物に出来る芸当じゃねえ。だが、間違いなく俺もお前も、人間だ」
 頭(こうべ)を向け、しっかりとマスミを見据えて真雄は断言する。
「なんでまた、そんなにナーバスになってんのかわかんねえが、つうか大体わかるけど、人間だからこそ、この世界のことを憂いているんじゃないのか?」


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