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作品名:言凝、幸わう星 作者:ジン 竜珠

第58回 第六章・二
 彼女がいなくなったのは、昨日ではなく、実はもっと前だ。そしてその原因を作ったのは俺だ。俺のせいで彼女はこんなことになってしまったのだ。
 だが、今、俺を鷲づかみにしている不安の正体はそんなものじゃなかった。
 もしかすると、昨日のことを誰かに見られていたんじゃないだろうか。確かに周囲には人影はなかった。だが見通しの良い河川敷だ。向こう岸や土手の上から、いくらでも見ることが出来る。もし昨日のやりとりを見ていた人がいたら、どうしよう。
 もちろん、俺にやましいところはない。仮に俺のことを調べられても、彼女との接点はないわけだから、何の問題もない。もし、あのやりとりを見ている人がいるなら、嶋野さんの形をした「何か」が消えるところを見ていることになるから、むしろ俺が何らかの罪を犯したという疑いをかけられることなど、有り得ないといってもいいだろう。
 それでも、やはり不安だ。常識的に考えて人間が消えるなんて有り得ないし、誰も考えない。それに、あの時の状況は見ようによっては、俺と嶋野さん(の形をした何か)が口論していたように思われても無理はない。そうなれば口論の末、俺が彼女をどうにかした、なんて推理が成り立ってしまうかも知れない。
 その時、声がした。
『シンパイスルナ。ゲンゴノチカラヲシンジロ』
 俺が型人じゃないかという話を聞かされた時、「感じた」声だ。俺の体の中から聞こえるようなその声。年齢も性別もわからない声。いや、声かどうかすらもわからない。ただのメッセージのようなものだ。だが、その声で不思議なことにあれほど渦巻いていた不安感が、霧消していったのだ。
「そうだよな。マスミさんが痕跡を消すって言ったんだから、問題はない。うん、心配することなんて、なんにもない!」
 俺は立ち上がり、深呼吸をした。
 いつの間にか気分が晴れていた。

「どうやら、事件らしいぜ」
 昼休み、修平が仕入れてきた情報を披露した。
 今日は俺は弁当を作ってきたし、景は通学途中に近くのコンビニで弁当を買ってきていたので、修平は購買でカツサンドとクリームパンとシーチキンサンドを買ってきて、三人で教室での昼食となった。
「いつもながら、お前の情報収集能力の高さには呆れ、もとい感心する」
 景の溜息混じりの言葉に修平が胸を張る。
「情報を制する者が時代を制するのさ」
「否定はせん。ただし、情報の取捨選択が正しい上で、だが」
 と、景が聞こえるように呟く。修平がほんの少し、むくれて見せる。
 まったく、二人はいいコンビだ。
「それより、朝の件だけどよ、どうも、中年の男が絡んでいるらしいんだな」
「はあ? もしかして、援助交際、とか?」
 俺の声が間抜けだったんだろう、修平が芝居がかった仕草で、首を振ってみせる。
「いやあ、それがどうも違うらしいんだな。目撃者の話だと、おとといの放課後、彼女が通学に使っている駅の近くで、黒いコートを着た中年の男が彼女に声をかけてきたらしい」
 修平が聞き出したという情報は、大雑把に言って次のようなものだった。
 黒いコートの男は嶋野さんに何事かを話した。嶋野さんもそれに受け答えをしていたらしいが、しばらく会話をするうちに彼女から表情が消え、男が立ち去ると、夢遊病のように男の行った方へ歩いて行ったという。ところが、それから数時間後、何事もなかったように彼女が帰ってきたというのだ。
 だが翌日、つまり昨日のこと。
 夜になっても帰ってこない娘を、心配した家族がクラスメート・クラス担任そして警察に電話を入れた。担任は学年主任に連絡を入れ、学年主任が教頭に連絡を入れて捜索態勢が整えられた。それと平行して警察による捜索が行われ、深夜、ある場所であるものが見つかった。
 彼女が普段持ち歩いていた手帳だ。これはスケジュール帳ではなく、プリクラのシールを貼り付けるのに使っていたもので、家族も確認したという。
 そしてこれが見つかったのが新市街にある公園だ。近くには高級ホテルのアトラスもあり、比較的、人通りの多い場所だ。
 警察が調べたところでは、その手帳が落ちていたのは公園に設けられた芝生の生け垣の中で、争った形跡はなかったらしいが、何かが倒れ込んだ(あるいは投げ出された)ような乱れが、かすかに残っていたという。
「連絡の窓口になっていた教頭の家に、早朝、警察から連絡があって、それで、今朝の臨時職員会議、てことになったらしい」
 シーチキンサンドを頬張りながら、修平が事態の推移を説明した。
 景が、真剣に感心したような表情で言った。
「よくそこまで情報を集められたな」
「まあな。音楽のなっちゃんは話しやすいし、購買のおばちゃんは噂話が好きだからな。二の三の林沢(はやしざわ)先輩は独自の情報網を持っているし。いろんなところから情報を集めれば、大体のところはわかってくるもんさ」
 確かに、この短い時間でよくここまで情報収集と整理が出来たな、と俺も思う。これだけのことが出来るのに、何で勉強が、なんてこと言うのはやめとこう。俺も似たようなもんだし。
 あ、ちなみに「音楽のなっちゃん」ていうのは音楽の講師をしている柴倉(しばくら)夏恵(なつえ)先生のことだ。俺たちと年齢が近いせいか、親しみやすく、女生徒とお喋りしているところをよく見かける。「二の三の林沢先輩」は、二年生で新聞部に所属している林沢丈幸(たけゆき)先輩だ。修平の言う通り、詳しくは知らないが独自の情報網を持っていて、新聞部が発行する新聞には出処不明ながらも、確かな情報が載っていると評判だ。修平とは妙な「ギブアンドテイク」な関係らしく(先輩がつきあっているカノジョは、修平が紹介したという噂がある)、時折、耳よりな、そしてアヤシイ情報を提供してくれる。
「そうなると」
 と、景が顎に手を当てる。
「その『黒いコートの男』がキーマンであるのは誰の目にも明らかだが、問題はその男が彼女に話したというその内容だな。彼女が男についていきたくなる、あるいはついていかざるを得ないことだったのは間違いない。そして恐らく、おとといの時点ではそれほど問題にならなかったか、翌日、その男と会うことで解決するような内容だったんだろう。数時間後、何事もなかったように帰宅した、ということから考えてもね」
 俺と修平は顔を見合わせる。修平は、げんなりとした顔になっていた。多分、俺もそうだ。
 俺は景を見た。そして修平が景の肩に手を置く。
「まあ、具体的なことはわからねえさ。それよりも今は、彼女がどこにいるか、てことの方が先決だろ?」
 修平の言葉に、景が頷く。
「そうだな。確かにそうだ」
 いつものようにクールな表情で。
 この男はどちらかというと推理その物に拘泥するきらいがあって、ともすれば関係者の心情を忘れることがある。そんなとき、俺たちはさりげなく景のセーブに回るのだ。
 そんな風に話をしながら、俺は確信していた。黒いコートの男は十中八九、刀月だろう。そして、嶋野さんは、もうこの世にはいない。
 なお、この話の中で河川敷というキーワードは出なかった。多分、まだ捜査中だということなのだろうが、俺はあらためてマスミさんのすごさを実感した。
 この日は午後の授業は打ち切りということになり、生徒たちには寄り道をせず帰宅するよう、担任から指示があった。
 どうやら緊急に教育委員会だの、警察だのを交えた会議を開くことになったための措置らしかった。


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