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作品名:言凝、幸わう星 作者:ジン 竜珠

第56回 第五章・十四
 呪文の詠唱が始まる。
 それは「歌」ではなかった。
 例えは悪いが、早口言葉みたいだ。まるで一度の発声で十とか二十の言葉を出すような。……いや、そうじゃない。一言にいくつもの意味を「乗せて」いる感じだ。
 でも、耳から入る音は一言だ。
 そうか、「言凝」なんだ。俺は、直感的に理解した。そして何となくだけど、言凝がどんなものか、わかったような気がした。
 やがて、マスミさんがメロディを口ずさみ始めた。静かで、子守歌のような、でもどこかもの哀しく、救いのない音律。それを聞くうちに、俺の中に奇妙な感覚が芽生えてきた。
 どう表現すればいいだろう。思い出したくない、でも思い出さなければならない出来事が、頭の中で彷徨っているようなもどかしさが、全身を支配する。いてもたってもいられなくなって、体が動き出しそうになる。
 俺は頭を振ってそんな感覚を追い出そうとした。だけど、容赦なく、そんな感覚は俺の皮膚の下を這いずり回る。むず痒く気持ちの悪い時間は、多分、そんなに長くはなかったのだろう。不意に体が浮くような心持ちがしたかと思うと、ストンとイスに座ったような錯覚を覚えた。寝入りばなに、時折落下するような感覚を覚えることがあるが、あれに近い。
 我に返ると、文字のような、記号のような光る「何か」が俺の周囲を舞っているのが見えた。
「なるほど。主の進境には、目を見張るものがあるの。先の少女や、先の『ゴミ』が見えておったようじゃから、もしや、とは思ったが。間違いない。主には言凝が見えておる」
 俺が光る物体を目で追っていたからか、マスミさんはそんな事を言った。
「さて、今日はこれで終いじゃ。また、明日の晩、講義の続きをすることにしよう」
 ほんの十数秒で光る物が消えると、マスミさんはいつもように微笑んで、講義終了を告げた。
 でも俺には、その微笑みが、ひどく無理をしているように見えた。


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