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作品名:言凝、幸わう星 作者:ジン 竜珠

第55回 第五章・十三
「ここから先は、主が思い出すべきことじゃ。じゃが、簡単に捕捉しておこう。儂は日本を離れておった。しかし『ある儀式』のためにその時いた国と日本と、双方に同時にいなければならなくなってしまったのじゃ。もちろん、儂にとって儀式の間だけ同時に存在することなど、造作もない。じゃが、いい機会であったからの、哲弥たちにも儂の儀式の本格的な手伝いをしてもらうことにした。その場所が、例の工場じゃ」
 俺はココアをすすりながら、マスミさんの話を聞いていた。正直、内容によってはすごくショックを受けるかと思ったけど、全然そんなことはなかった。むしろ、どこか遠いところで起きた話を聞いているようで、実感がわかない。ただ、一つだけ気になるところがあった。
「マスミさんて、年齢(とし)いくつなんだろ?」
 まったくどうでもいいことだ。でも、孤児だった親父たちを引き取ったってことは、親父たちよりは、かなりの年上だ。でも彼女は、せいぜい二十代前半にしか見えない。そもそも、俺の第一印象は十九歳ぐらいの女子大生だったんだ。
 ふと気づくと、マスミさんが笑顔でこっちを見ている。気のせいか、彼女のこめかみに青筋が浮かんでいるような……。
 いけね、頭の中で考えただけだと思ってたけど、口にしてたみたいだ。
「ま、まあ、女性の年齢なんて、聞くようなことじゃないッスよね」
 そんな弁解をしながら、俺はココアをすする。一つ咳払いをしてから、マスミさんが言った。
「では、覚悟はよいか?」
 宣言するように。
 俺も、覚悟を決めないといけない。いつまでも封じたままじゃいけないのだ。俺が頷くのを確認して静かに何かを唱えた。それは呪文のようだったけど、何となく謡っているようにも聞こえる。節回しは、なんか異国情緒を感じる不思議なモノだった。
 彼女が謡い終わった瞬間だった。俺の周囲に小さな何かが舞い始めたのだ。それはよく見ると「文字」のようだ。
「こ、これは!?」
 上ずった声を上げる俺を、静かに包み込むようにマスミさんが言った。
「ほう、見えるか? まずは主の周囲にある『ゴミ』の処分じゃ。長い間に、自然のうちに組み上げられた、主の中にある『拒絶反応』をこれで除いた」
「拒絶反応?」
「あの時のことについては、確かに最初は儂が封印した。じゃが、それがやがて主の中で『禁忌』として認識されるようになったのじゃ。それ故、術を解除しても禁忌と感ずる思いがある限り、主は決して思い出すことは出来ぬ」
 なんとなくわかる。俺自身、触れちゃいけないことなんだと、無意識に思っていた。
「さて」
 と、改まったようにマスミさんが俺を見る。さっきまでのゴミみたいな物は、跡形もなく消えていた。
「次に主に施すのが、封印を解く術じゃ。もっとも、すぐに効果が出るわけではない。主に『馴染む』まで少しばかり時間がかかる。それが明日のことか、それとも明後日かはわからぬ。じゃが、二十一日の間には効果が現れるであろう。今一度、問う。覚悟はよいか?」
 なぜか、その言葉はマスミさんが自分自身に言い聞かせているように思えた。
 俺は、幾分、力を込めて頷いた。彼女がどれほどの覚悟を決めているのか、なんとなくわかるのだ。だから、俺もそれだけの決意を見せないと、彼女に対して失礼になる。
 そして同時に、俺自身にも気合いを入れる意味もあった。俺の記憶に一体何があるのか。マスミさんをして、これほどの躊躇をさせたのは一体何なのか。それを俺が知るべきなのか。知った後、俺は今のままでいられるのか。
 思わず俺は拳を強く握った。
 ダメだ、こんなことじゃ! 迷いがあるうちは知るべきじゃない。だから、今ここで、この瞬間に俺は迷いを振り切らなきゃならないんだ!
 俺は自分の両手で、自分の頬を張った。
 一瞬マスミさんが怪訝そうな顔をしたけど、すぐに微笑んだ。
「よし。では主の記憶の封印を解くぞ」
「お願いします」
 マスミさんも俺も、不思議と静かで穏やかな声だった。


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