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作品名:言凝、幸わう星 作者:ジン 竜珠

第51回 第五章・九
 事実、刀月は窓外の夜景を見ながら、先刻までとは違う話を始めた。
「あの少年、皇アーヴィングが、皇哲弥がマスミから渡された奥義書の変化体であることに疑いはない。つまり、あの少年を手に入れれば、言凝の何たるかを理解できるはずだ」
 日本に戻ってくる前に言っていたことを、刀月は改めて言った。
「これまでマスミが巡っていた国々を探索したが、奥義書が動いた気配は感じられなかった。唯一動いたのは、六年前のあの時だけだ。あの時は、単なる転読であったと思ったのだが」
 転読とは、教典など、その全部を読むのではなく、最初・中盤・終盤など一部分を読むことで全てを読んだことにかえる作法である。
「あそこで退かなければ、その全てを見届けることが出来たはずだ。奥義書が変化し、真正なる型人が創生されるところを」
 一瞬だが、刀月の口許が歪み、不快な音が漏れる。それはまるで歯ぎしりに似ていた。
「咲弥」
 と、刀月が振り返る。
「はい、何でございましょうか?」
 下される命を知りながら、咲弥は問うてみる。
「奥義書を手に入れるのだ。手段を選ぶな」
「仰せのままに」
 深く頭(こうべ)を垂れ、絶対の忠誠を誓う。
「私は、引き続きマスミと渡り合う『法』の完成に努める」
 その言葉に頷くのには、一瞬の逡巡があったように思う。だが、咲弥はそれを悟られぬように、自然に振る舞った。
 そして部屋を出る。有効な策を練るには、街の様子を知ることは不可欠だ。その探索のために、彼女は夜の街へと身を躍らせるのだ。
 刀月ほどの言霊の力はなく、また呪術師としても彼には及ばない自分に、彼の望むままの働きが出来るかどうか不安だ。だからこそ、出来ることは全てやらねばならない。
 それがいかに馬鹿馬鹿しいものであろうと。
 たとえ、夜の街を徘徊し、結界索を張り巡らせるだけのものであろうと。
 たとえ、型人のもとになる人間の拉致であろうと。
 たとえ、型人を紛れ込ませるための工作活動であろうと。
 そして、そのために一時的にでも他の男に(「フリ」であろうと)抱かれることがあろうとも、だ。
 ホテルを出たあと、咲弥は一度だけ、先刻までいた部屋を見上げた。刀月と自分が逗留している部屋を。
「……醜いわ。『マスミ』という単語を聞くだけで思考が麻痺する。嫉妬なんて、何の益もないのに」
 そう呟くと、咲弥は自身に対して表情を歪め、歩き出した。


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