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作品名:言凝、幸わう星 作者:ジン 竜珠

第50回 第五章・八
 でも、今の俺には彼女を励ますことなんてできない。なぜなら……。
「俺、あのカタビトに近づいた時に、奇妙なモノが見えたんです。いっぱいの記号、文字、そんなモノで出来た嶋野さんが」
 マスミさんが息を呑み、ゆっくりと顔を上げる。その表情は、驚きを隠そうとして失敗したような、不自然さがあった。
「あれが、言凝なんですか? マスミさんの目には、俺が……。俺が、あんな風に見えてるんですか?」
 言った。
 さっきから気になっていたことを、俺は聞いた。
 マスミさんは、すぐには答えてくれない。
 遠くで、人々のはしゃぐ声が、かすかにする。多分モールに買い物に来た人たちの声だ。でも、俺たちの周囲には、音を殺すヴェールがあるかのようだ。俺の胸で規則的に鼓動を打つ心臓の音だけが、時計の秒針のように時間を刻んでいく。早鐘のように繰り返すそれは、今にも俺の胸を突き破って、空中で爆発しそうだ。
 長い長い静寂の後、やがてマスミさんが口を開いた。
「すまぬ。儂の口からは言えぬ。自分が何者であるのか、それは主自身がつかみ取らねばならぬ真実なのじゃ」
「それは、つまり、ゆうべ仰っていたことですね?」
 決意を込めて俺は言った。
 これだけで全てを察したかのように、マスミさんが、やはり決意を込めたように頷いた。
 それが、俺の問いかけであり決意の表明であり、覚悟の表れであった。

 ホテルの一室にいる中年の男は、有名人であった。面長の顔。白髪混じりの神は長髪であり、見ようによっては獅子のたてがみのようでもある。目は細いが、その奧から覗く瞳には、油断のならない光を宿しているようだ。いつも背筋を伸ばし、決して圧力には屈しないとでも言わんばかりの気迫がある。何事か独り言のように喋っているが、その口調は穏やかで、その印象とは裏腹だ。だが、その口調の裏に隠されているのは、やはり一歩も引かぬ意志であり、故に語尾は、ほどんどが断定だ。
 改革断行を旗印に、一国の舵取りをしている男、すなわち総理大臣その人である。
 総理大臣の前に立っているのは紅久那刀月。彼は総理と知己であったのだろうか。
 しばらく総理を見ていた刀月だが、不意に眉をひそめた。その直後、総理が意味不明の言葉を垂れ流し始めた。
「フン、失敗か」
 そう呟くと、刀月は総理の脇腹を、右脚で蹴り飛ばす。大豆をフローリングにぶちまけたような音がして、総理は跡形もなく崩れた。
「やはり、私には完全なる型人を作ることは出来ぬのか。私が推測で組み上げた言凝でなく、真正なる言凝でなければ叶わぬのか……」
 床の上に転がるビー玉のような光が消えていくのを見ながら、刀月が呻く。
「刀月様」
 咲弥が思い詰めたように口を開く。
「刀月様は、刀月様の方法で世界を手中に収め、導けばよいではありませんか。何故、そこまで言凝に、いえ、マスミにこだわるのです!?」
 咲弥を見る刀月の目は、どこか醒めていた。
「咲弥、神の神たるゆえんは何だ?」
「はい?」
 唐突な問いの真意がわからず、とまどいながらも咲弥は考えた。
「世界の創造、でしょうか。世界とそこに存在するルールを築き、自身はそのルールに支配されないという超越性。これが神と人との差かと」
 自信はなかったが、刀月の求める回答に近いようだ。刀月は頷いて言った。
「全てを知り、全てを創り、しかもその全てから自由である。これが神の優位性だ。……世界とはな、言凝によって創られているのだ。神は言凝をもって世界を創り出した。それゆえ、言凝を会得するとは世界を知り、神となるということなのだ」
 そして、窓際へと歩を進める。
「これまで私は言霊を使って人を支配し、手の届く範囲で世界を動かしてきた。だが、それはあくまで人の業(わざ)に過ぎぬ。神の創った人間を使い、神の創った世界で右へ左へと動き回る、虫けらにすぎんのだよ」
 刀月は目を閉じ、嗤うように口許を歪める。
 彼は神の境地を目指しているのだろうか。だが、咲弥には、別の疑問が浮かんでいた。
 それを口にするべきか。でも、その瞬間、自分は刀月から必要とされなくなるのではないか、そんな恐怖が胸中を支配する。
 だから、咲弥は胸の中で呟くに留めた。
 刀月様、あなたが言凝にこだわるのは、神などというモノになりたいからではなく、ただただ、マスミの隣に立ちたいから。そうなのではないのですか?
 これは禁句だ。口に出した瞬間、自分と刀月との間には決して埋めることの出来ない、深く果てのない溝が出来るだろう。
 それは、あってはならない。咲弥は、いつまでも刀月様のそばにいたいと、願う。
 そのためなら、なんでもしよう。もし刀月がマスミを欲するのなら、そのためにいくらでも尽力しよう。
「だから、私のことを、どうか、私を……」
 咲弥の呟きは、無論のこと、刀月に届いていようはずもない。


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