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作品名:言凝、幸わう星 作者:ジン 竜珠

第49回 第五章・七
 WEらんどへ電話したあと、俺はマスミさんとショッピングモールの近くにある、屋外の公園にいた。ここには三人程度が使える丸テーブルが五つ備え付けてあり、たいてい誰かしら利用しているのだが、今日はどういうわけか人がいない。これが曇天のせいだけでなく、言凝の力であることは、疑いようのないことだ。
「本当なら、もう少し後で講義しようと思うておったのじゃがな。あの娘はカタビトじゃ」
「カタビト?」
 そういえば、刀月が「真正のカタビト」がどうの、と言っていたっけ。
「カタビトとは、『型人』と書く。要は、人の型に似せて作った紛い物の人、ということじゃ」
 マスミさんはテーブルの上に指で「型人」と書いた。
「言凝や言霊を用い、人を作り出す。もともとは自分の分身だの使い魔だの識神だのを作る技術であったのじゃがな」
 マスミさんは、何故か沈んだ表情だ。
「これを悪用する輩もおる。誰か特定の人間に似せて作り、本人の代わりに据える。これを儂は『成り代わり』と呼んでおる。そして成り代わられた者は、大体においてこの世にはおらぬ。本物がおっては、のちのち都合が悪いからの」
 心臓が止まりそうになった。
「そ、それじゃ、本物の嶋野さんは」
 力なく頷いて、マスミさんは言った。
「十中八九、この世には、おるまい」
「そんな!」
 思わず立ち上がった俺は、言葉が継げなかった。もっと言うべきこと、聞くべきことがあるはずなのに。
「本物を生かしておけない理由は、主に二つある。一つは『成り代わり』がばれてしまうため。もう一つは『霊的因果』じゃ。一人の人間が歩む運命は、複雑な因果によって編み出されておる。じゃが、本物とカタビトが同時に存在しておっては、運命が二つに割れてしまう可能性がある。言うなれば、問いに対する答が複数出てきてしまうのじゃ。そうなると、その答えに対応するために、可能性の数だけ事件が起こり、人物が登場することになる。そのために周囲の因果律が狂ってしまう。その帳尻は、その事態を引き起こした者のところへ行く。この世界は因果応報じゃからの、自分がしたことの責任はとらねばならぬのじゃ。結果、どのような『責任』をとらされるかわからぬことになる。そのようなことは避けねばならぬ。『責任』の一つには『死をもって購う』というものも、ないとは言えぬからの。したがって、刀月が本物を生かしておくとは思えぬ」
 頭から血が下がっていくような、そんな錯覚が起きる。
「儂が『面倒事』と言ったのは、そのことじゃ。下手をすれば、一人の少女の失踪事件に巻き込まれる恐れがあるからの。この成り代わりは、やろうと思ってから一夜にして出来ることではない。その者の考え方、趣味嗜好、癖に至るまで、全ての情報を言凝で形作らねばならぬ。それ故、目当ての者を定めてから、かなりの日数が必要になる。でなければ、すぐに偽物と見破られるからの。それに、カタビト自体、そう手早く作れるものではない」
 随分と、ヘヴィーな話だ。
「本人の情報を、カタビトにコピーする、という方法もある。そうすれば『成り代わり』も不自然ではなくなる。じゃが、それは熟練の技じゃ。そのままそっくりコピーするというのは、容易に見えて実は困難を極める。言凝とは、デリケートなもので、ほんの少し配列や響きが異なるだけで別物になってしまうのじゃ。つまり、時間と効率を考えるなら、情報をコピーするということは考えられぬ。それ以前に、奴は言凝の何たるかを知らぬ」
 俺は椅子に座り直した。
「刀月がやったことは、そういうことじゃ。おそらくはアーヴィング、主に接触する手段として、奴はさまざまなパターンを考えたのだろう。そのうちの一つが、今日のことじゃ。今日、主は偶然にあのカタビトに遭ったと思っておるかも知れぬ。じゃが、それは奴が主の行動を監視し、先回りをしたということじゃ。そして多分、デートという名目で主を連れ回し、刀月の元へと誘導することになっていたのであろう」
「そんなことが……」
 頷くとマスミさんは俺を見た。
「もう猶予はならぬ。儂は刀月を倒す。そうせねば、また主の周囲の人間が同じような目に遭うやも知れぬ。そして」
 そう言って、彼女は目を伏せる。今にも血を吐きそうなほど、辛そうな声で。
「今日のことは儂の過ちでもある。儂がカタビトの言凝を察知しておれば、防げたことなのだ」
「マスミさん」
 こんなに落ち込んだ彼女は初めて見る。出会ってまだ一週間も経ってないけど、彼女がこんな表情をするなんて信じられない。彼女は、なんていうか、もっと自信に満ちているべきだ。それこそ根拠があろうが無かろうが。


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