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作品名:言凝、幸わう星 作者:ジン 竜珠

第48回 第五章・六
「あ! ガガ! ギギガガアアアア!」
 突然、呻いて白目を向いたかと思うと、嶋野さん、いや彼女の形をした「何か」が痙攣し始めたのだ。口からは意味不明のうめき声と涎を垂れ流しながら、酩酊したようにおぼつかない足取りで、あちらこちらと歩き始める。
 何が起きたかわからず、うろたえていると、突然、俺の携帯がバイブった。
 目前の事態も気になるが、なぜか携帯も気になる。反射的に携帯をとった俺は声を聞いて驚いた。
「マスミさん!? どうしてこの番号が!?」
 あとから思えば、俺の携帯の番号は和穂さんが知ってるから、彼女に聞いていたのかも知れない。だが、その時は気が動転して考えが及ばなかったのだ。そして、彼女はこう言った。
『種明かしは今宵してやる。それより、今のことじゃ』
「今?」
『すぐにそこへ行く。そこから動くな。間違っても河原から出るな』
「すぐに、って? それに何で、俺が河原にいるって、わかったんで……!」
 そこで電話が切れた。しかし次の瞬間。
 突然風が渦を巻いた。目には見えない何かが風に乗って、俺と嶋野さんの形をした何かの間を舞った。刹那、稲光にも似た閃光が天へと走り、風と光が収まった。そこにいたのは。
「……マスミさん」
 マスミさんの、白いコートの背中が見えた。
「アーヴィング、これが『神足通』、六神通の一つじゃ。いわゆるテレポートという奴じゃな。それに主の危機がわかったのは、精神感応じゃ。主の心の声が儂に届いた、といえば、わかりやすいかの?」
 振り返り、微笑む。余裕に満ちた笑みだ。でも、なぜだろう、なんとなくいつもとは違い、どことなく元気がないような気がするのは。
「迂闊であった。よもや、一夜の間に成り代わりをやってのけるとは。刀月め、手段を選ばなくなってきたか。いや、責められるべきは、これを察知できなかった儂の方だがな」
 その声には、嫌悪と険があった。毒と言ってもいいほどの悪意さえ感じる。
 マスミさんは、よろけるあいつに向いて、小さく何かを言った。よく聞き取れなかったけど、多分、「言凝」による呪文みたいなモノだろう。はたしてあいつは動きを止め、霧に霞むように、ぼやけていった。そして、細かな粒子になって崩れていった。
「アーヴィング、早く引き上げるぞ」
「え?」
 振り向いたマスミさんの顔は、驚くほど無表情だった。俺が怪訝な表情をしていたからだろう、マスミさんは無理に笑顔を作って言った。
「面倒事に巻き込まれるのは、いやであろ? とりあえずこの空間を支配する言凝を制御して、儂らがここにいなかったことにする。花火工場跡でやったのと同じじゃ。『ここ』という『空間』に干渉する必要があるからな、それ故、ここを出るなと主に言ったのじゃ」
 そしてマスミさんは、歌い始めた。ちょっと沖縄の音楽っぽい節回しだ。でも歌詞はない。スキャットみたいだ。一分ほどしてから、マスミさんは俺の手を取り、土手を上がり始めた。
「ちょ、ちょっと、マスミさん!」
 耳まで熱くなるのを感じながら、俺はマスミさんに引きずられた。
「前は建物があったが、ここにはそういうものがないのでな。お互いの体を媒体にするのがもっともよい」
「ど、どういう意味ですか?」
「共鳴じゃ。儂と主の体をアンプにして、言凝の『響き』を増幅する。これで、ここには儂らの痕跡は残らぬ」
 今ひとつ意味がわからない。
 しばらくすると、数人の人が河原に下りてきた。さっきの閃光を目にした人たちだということが、話し声からわかった。でも、皆、俺たちには注意を向けない。まるで見えていないかのようだ。
「アーヴィング、話がある。バイト先には今日は休むと伝えておけ」
 柔らかな声だが、そこには有無を言わさぬ「響き」があった。


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