小説&まんが投稿
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:言凝、幸わう星 作者:ジン 竜珠

第44回 第五章・二
 マジでリューカという奴がよくわからない。異次元の生物なんじゃないだろうか。
「それなんだが。アーヴィング、お前、リューカの料理にケチでもつけたか?」
「え?」
 俺は思い起こしてみた。
「そういえば月曜日、あいつが弁当を作ってきて、あんまりひどい出来だったんで、ちょっとばかり苦情を」
「それだな」
 と、得心したように真雄さんは頷いた。
「リューカの奴、お前に『目にもの見せてやる』って息巻いてたぜ」
 それじゃ、ますますひどいものを食わされるみたいじゃないか。正しくは「鼻を明かす」だ。
 言霊使いのマスミさんの弟子とは思えない、言葉の使い方だな。これも一度注意しといた方がいいだろう。
「とりあえずOKしといたが、いいよな?」
 別段、断る理由はない。今度の日曜日にウチで、パーティーを開くことになったそうだ。

 その日の午後十一時五十分。「テンペストビル」の屋上で、マスミと真雄は街を見下ろしていた。
「で、どうなんだ、マスミ。あれから、この街、いやこの国に刀月の野郎がばらまいた出来のいいカタビトの全容は掴めたのか?」
 真雄の言葉にマスミは首を横に振る。
「テレビ局に二体、IT関連の会社に一体。いずれも『成り代わり』ではないから犠牲者はおらぬ。ついでに言うと、そやつらは、今日の午後までには、すべて自壊して果てた。せいぜい七日もてば、よいところであろうな。今のところはこのぐらいじゃ」
「テレビ局か。あの映像の出所はそこだろうな。アーヴィングに精神的揺さぶりをかけるのが目的だったんだろう。まったく、ご苦労なことだ。それより、その程度の情報じゃ、使えねえな」
「仕方あるまい。本来の力に制限をかけておる故」
「外しちまえよ、そんなリミッター」
「そんなことをすれば、儂はこの世にはおられぬようになるでな。この世界には、この世界での、受け入れ可能な力の許容量が決まっておる。それを越えてしまったら、世界は崩れる。そうしたら、世界に対して申し訳ない」
「未練があるのかねえ、こんな世の中に」
 大げさに嘆息し、真雄は夜空を見上げる。真雄を見ると、マスミは口許に笑みを浮かべて言った。
「ならばそういう主はどうなのじゃ? 本来なら、主はすでにこの世にはおらぬ存在。『お山』にあるミイラが、主の作った偽物であると知ったら、信者が嘆くぞ? のう、弘法……」
「その名を出すな。それは後の世の人間が付けた名前だ。俺の名前じゃねえ」
 マスミの言葉を遮り、真雄はマスミを見る。だが、その目は静謐であり、決してマスミを責めるものではない。肩をすくめると、マスミは街を見下ろす。
「のう、真雄」
「ン、なんだ?」
「神の視座というものがいかなるものか、儂は知らぬ。じゃが、途中に『眠り』を挟みながらでも、少しばかり長生きをして世の中と人々を見ておると、愛おしくてたまらなくなるのじゃ。そして少しでも自分に『力』があるのならば、手を貸したくなる。それほどまでに人の世とは儚く壊れやすく、愛しい。狂おしいほどにな。主が各地で霊場を開いて回ったのも、そのためであろ?」
 しっかりとマスミは真雄を見据える。
 街を見下ろしたまま真雄は答えた。
「いつか話したと思うが、俺はお前の真似をしただけだ。それが一番、効率がいいと思ったからな」
「そうであったな」
 かすかに笑みを浮かべ、マスミも街を見下ろす。
 どこか乾いた空気が流れている。それはまるで、叶わぬ夢を語り合う姿に見えた。
 空気に耐えかねたか、真雄が口を開いた。
「俺たちがしていることは無駄なんかじゃねえ。そうだろ?」
 マスミを見る目には、どこかすがるような光があった。
 それをまっすぐ受け止め、マスミは頷いた。
「無駄にはさせぬ。今は、そうとしか答えられぬ」
 数瞬の間は、二人に如何に感じられたか。
 不意にいつものように口許をにやつかせると、真雄は言った。
「そうだな。稀代の言霊使いと、密教坊主が動いてるんだ。この世はきっと、もっとよくなる」
「刀月も、志は同じであったはずなのだがな」
 瞬間、真雄の目許が険しさを帯びる。だが、それを隠すようにして彼は話を逸らした。
「そういえば、リューカなんだが」
「リューカがどうかしたか?」
 真雄はパーティーの件を話した。
「かなり奇天烈なキャラになってるな」
 この真雄の言葉に、マスミは目を閉じる。そして。
「あの者には、すまぬ事をしたと思う。本来の『醍醐(だいご)竜華(りゅうか)』とは、かけ離れた人格になってしまった」
 懺悔のようにうなだれる。
「お、おい」
 話題を明るい方へと変えようとしていた真雄は、失敗したことを悟り、焦りをにじませた声で言った。それを遮り、マスミは続けた。
「十年前、儂が至らぬばっかりに、刀月との戦いに竜華とその両親を巻き込んでしまった。そればかりか、儂がこの世にとどまりたいがために力を惜しんだ結果、救えたのは幼かった竜華だけ。しかも不完全な形であったために、本来の人格を維持できず、『醍醐竜華』とは違う人生を歩ませることになってしまった。償いきれるものではない。このたび儂がこの国に戻ってきた理由の一つは、リューカに、少しでも竜華としての人生を歩ませたいからじゃ。ちゃんと学校に通わせ、同い年の友を作り、語らうことで少しでも軌道修正できれば……」
「やれやれ」と、真雄はフェンスに背を向け、座り込む。
「今日は、えらくナーバスなんだな」
「……アーヴィングがな、自分は何者か、と問うてきたのじゃ」
「ふうん」
 素っ気なさを装っているが、真雄の眉が少しだけ動いた。
「確かに、望んだのは哲弥たちじゃ。じゃが、施術したのは儂。それに、そもそもその原因を作ったのは儂でもある。じゃから儂にはあの者の人生に対して、責任を負う義務がある」
「だが、アーヴィングはリューカほど変質してないと思うぜ? いや、むしろ今時の高校生には珍しいぐらい、大人になっていると思う。こう言っちゃあなんだが、むしろいい方向に転んだんじゃないのか、アーヴィングの場合」
「本当に、そう思うのか?」
「は?」
「確かに儂から見ても、アーヴィングは、およそ高校生らしくない。大人びていると言えば聞こえはいいが、それはつまり、本来アーヴィングが送るべきであった人生とは、全く違うものということじゃ。もしかするとアーヴィングには、真に『個性』というものが無いかも知れぬ。そしてそれが儂の施した術の故であるとしたなら?」
 深い溜息をついて、真雄は言った。
「考えすぎだって」
 しかしマスミは納得しない。
「確かに儂らのような存在は、世に、そして人々に大きな影響を与えうる。しかしそれは外面からのものであって、その者の内面に直接手を出すべきではない。人を『創る』など、神のするべき事であって、人間が立ち入る領域ではないのじゃ」
「まったく、どうしちまったんだよ、今日は!? いつもみたいに余裕こいて笑ってりゃあいいんだよ、お前は!」
 声を荒げて立ち上がり、フェンスを蹴ると、真雄は数歩、目的もなく歩き回る。
 それを見ると、弱々しく笑い、マスミは言った。
「すまぬな。じゃが、アーヴィングは自分が自分でないと疑っているであろう。刀月の手前、そんなことはないと言っておいたが、正直、自信がない。可能な限りアーヴィングを構成する言凝を探り、それをもって瀕死のアーヴィングを再構築した。本来なら、記憶もともに定着するはずであった。じゃが、それは肉体的なものであって、魂はやはり離れていたのかも知れん。そして、言凝に影響されて、全く違う人格が宿ってしまったのかも知れん。それがために、あの者には事故以前の記憶がない。そう考えれば辻褄が合う。……記憶がないことによる混乱を避けるために、封印をしたのも確かじゃが、あるいはもともと記憶なぞ、ないのかも知れぬな」
 真雄は頭を掻くと、マスミをしっかりと見据えた。
「その人間がどういう本質を持っているのか、そしてどう成長するかなんてことは、誰にもわかることじゃねえ! 少なくとも、今のアーヴィングの成長に影響を与えたのは、周りの環境と、和穂の教育だ。お前のせいじゃない。……まあ、あいつが潜在的に持っている物事の理解力は、ずば抜けていると思う。例えば、料理なんか、実際に教わらなくとも食べるだけでそのレシピを、おぼろげに理解しちまうとかな。それは多分、お前が施した術の影響だとは思うが、その程度のことだ。気に病むことじゃねえ」
 そう言って、口許に笑みを浮かべてみせる。それが、かすかに心をほぐすのを感じたマスミは微笑み返した。
「和穂といえば、あの者にも、随分と迷惑をかけたな」
 一瞬目を見開いた真雄だが、マスミの気分が少しでも晴れたのを察したのか、その話題に乗ってきた。
「その分、隠れた援助をしてたじゃねえか。お前がサポートしなきゃ、和穂だってアーヴィングの養育に全力をかけられなかったと思うぜ。当時、あいつは結婚はおろか恋人さえいなかったし、試行錯誤の連続だったと思う。だが、それもこれもお前が金銭的なこととか法律的な煩わしいことを処理したから、全力でできたことだ。ついでに哲弥たちのプロフィールの『偽造』もな」
「じゃが、儂のしたことは……」
 涙ぐむマスミを、制して真雄が言った。
「そういう優しさ、嫌いじゃないぜ」
 マスミは驚いたように顔を上げ、そして微笑んだ。
「もう何百年か早く言われておったら、主に惚れたやも知れぬな」
 真雄も、肩をすくめて答えた。
「こちとら、出家の身なんでね、女犯(にょぼん)犯すべからずだ、すまねえが」
「その戒律は、もともと主の言い出したことではあるまい」
 二人は軽口を叩き合う。日付は次の日へと変わっていた。
 しかし、真にマスミの心が晴れたわけではなかった。そして呟く。
「全てを知って、アーヴィングは儂を許してくれるであろうか?」


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 小説&まんが投稿屋 トップページ
アクセス: 121