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作品名:言凝、幸わう星 作者:ジン 竜珠

第42回 第四章・十
「言葉、ですか?」
 首を傾げ、俺は呆けたように復唱する。今ひとつ言いたいことが理解できない。
 マスミさんは俺の疑問をとりあえず脇に置くことにしたようで、再び板書する。
「全てのモノは言葉、いや言靈の響きによって形作られる。言葉の靈が凝り固まったもの、すなわち、これを『言凝』と呼ぶ!」
 ホワイトボードのほぼ中央に、マスミさんは大きく「言凝」と書いた。
「言凝……」
 そう言えば、マスミさんもあの男も、「ゲンゴ」がどうの、と言ってたっけ。
「アーヴィング、これは決して喩えではないぞ。全てのものは言凝でできておるのじゃ。それ故、言凝に干渉することで、言靈の霊験を顕すことができる」
 目眩にも似た感覚が俺の脳髄を駆けめぐっている。そのせいか何となく、だけど、彼女の言っていることが正しいように思えるのだ。
「それは国によらず、有機物無機物によらず、変わることはない。故に言凝を極めれば、日本語を発しながら、他国人は言うに及ばず、命の無き無機物にさえ言靈の威を示すことができる」
 なるほど! と、膝を打って言えない自分が哀しい。俺は、おずおずと手を挙げた。
「何じゃ、アーヴィング?」
 半ば、嬉しそうにマスミさんが俺を指さす。
「すみません、さっぱりわからないんですけど」
 偽らざる感想だ。普通の日常生活を送る分には、どう考えたって不要な知識だし、そもそも予備知識だの素養だのがないんだから、理解のしようもない。
 でも、マスミさんはどこか嬉しそうに頷いた。
「まあ、そうであろうな。儂も今話したぐらいで言凝の何たるかを理解できるとは思えぬ。じゃがな、人間の頭とはよくできたもので、一度でもキーワードを入れておくと、次からの理解が容易になるのじゃ。特にアーヴィング、主の場合は言凝についての理解力は、頭抜けたものがあるはず」
 妙に確信めいた口調でマスミさんは言うけど、俺にそんなことができるんだろうか?
 意味ありげにマスミさんは微笑んでいるけど、俺にそんな大それたことができるとは、思えない。俺が不安に思っていると、不意にマスミさんが俺の傍に立った。
「さて、と。今宵はこれぐらいにしておこうかの。ところでアーヴィング」
 と、彼女は屈んで俺に目線を合わせた。
「つかぬ事を聞くが、主、今日行った場所を覚えておるか?」
「え? 例の花火工場でしょ? 場所は……。あれっ!?」
 俺は驚きに包まれた。今日の昼間行ったばかりなのに、具体的な場所が思い出せない。いや、そんなレベルじゃない。市内だったかどうかさえ曖昧なのだ。そんなことってあるんだろうか。
「あれ? 今日だぞ、昼間だぞ!? なんでだ?」
 俺は懸命に記憶の底をさらってみた。
「今日の昼間だし、時間的に考えると、多分、市内だったんだよな。でも、場所は……」
 まったく思い出せない。
 地図らしいものが頭の中にあるものの、どこなのか見当さえつかない。不思議としか言いようがない。
 しきりに首を傾げている俺に、マスミさんが言った。
「アーヴィング、その場所を知りたいか?」
「え? それはどういう意味ですか?」
「言葉通りの意味じゃ。今、主はその場所を絶対に覚えられない状態にある。じゃから知ろうと思わないし、知ったとしても覚えることはできない。そしてやがて、そのことから意識が離れていく」
 静かに紡がれる言葉は、まるで何かの宣告のようでさえあった。
「主も、薄々とは感づいておろう。そうじゃ、その部分の記憶は言凝によって、縛られておる」
 予想していた通りというか、俺はごく自然にその言葉を受け入れることができた。だから、とても平静な気持ちで次の言葉を聞くことができた。
「その縛りがある限り、主は決してその場所に関わる全ての記憶を持つことはできぬ。生きている限り、それは変わらぬ。主にはそういう術が施してあるのじゃ。考えようによっては『呪い』ともいえよう」
「もし俺が、その記憶が欲しいと言ったら?」
 自分でも驚くほど無感情な声で、俺は言った。
「本当にそれを望むのであれば、そうすることもできる」
 マスミさんも無感情な声で応える。
 しばらく無言の時が流れる。
 次に口を開いたのは、マスミさんだった。
「辛いことを思い出すかも知れぬ。それだけではない。知りたくもないことを知ってしまうかも知れん。それでもよいか?」
 逡巡があった。マスミさんの言葉に、やっぱり、びびっている自分がいる。
「よい、今すぐ答を出す必要はない。じっくり考えて、己の心に問うがよい」
 最後に優しく笑って、マスミさんは言った。
 俺は、ただ頷くだけだった。
 そして俺は、今日のうちに絶対聞こうと思っていたことを口にした。
「今日、刀月とかいうあの男が言っていたことなんですけど。俺って、何者なんですか?」
 背を伸ばしたマスミさんが俺を見る。でもそれは見下すという感じではなく、高みから見守るような、そんな温かみがあった。
「それは今の話にも通ずる。主が何者であるかを知ることは、あの記憶にも関わるということじゃ。じゃが、これだけは忘れないで欲しい。主は間違いなく皇哲弥と、ヴァージニアとの間に生まれた、かけがえのない命であり、大事な子どもじゃ」
 微笑むマスミさんを見ていると、俺はその先の言葉を続けることができなかった。
 マスミさん、親父たちって何者だったんですか、と……。


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