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作品名:言凝、幸わう星 作者:ジン 竜珠

第41回 第四章・九
「さて、まず簡単なことを聞いておこう。アーヴィング、主は『言霊』をどんなものじゃと思うておる?」
 ピンクのトレーナー、白いデニム地のミニスカートという服装に着替えたマスミさんが、俺に問題を出した。
 場所は大広間。旅館時代は、多分、催事場に使われてたんじゃないかってぐらい広い部屋に、俺はマスミさんと二人きりだ。まあ、建物の中にはリューカも未来さんもいるわけだけど、やっぱり緊張する。でも、広すぎるおかげで、変な風に意識しなくてすむのは有り難い。
「言霊、ですか?」
 部屋の中央にホワイトボードを備え、その横でイスに脚を組んで座るマスミさんが、俺を優しげに見ている。
 俺はこの数日のことを思い返してみた。リューカがやったのは、せいぜい催眠術に毛が生えた程度のものだ。でもマスミさんがやったのは、そんなものじゃない。魔法と呼んでもいいぐらいの、まさに奇跡だ。
「言葉でいろいろと奇跡を起こす、そんな『業(わざ)』かな?」
「なるほど。では、なにゆえ、言霊が効果を顕(あらわ)すのだと思う?」
 次なる問いが出た、ということは、とりあえず今の回答はオッケーだったんだろうか?
「ええっと、それは、言葉の持つ『力』、ていうか意味、かな? そう、『止まれ』って言ったら、『止まれ』ていう意味が効果を及ぼす、みたいな?」
 ほう、とマスミさんは目を閉じて静かに笑みをたたえる。
 当たってるのか……な?
 ほんの一、二秒、目を閉じていたマスミさんは、静かに目を開け、こう言った。
「では、アメリカ人には言霊は効かぬ、ということじゃな?」
「……はい?」
「『止まれ』は英語では『STOP』じゃ。言葉の意味が効力を持つというのであれば、英語圏の人間には英語でなければ効果はなく、ロシア人には、ロシア語でなければ意味はないということになる」
「あ……」
 俺は唐突に気がついた。そうだ、そうじゃないか。「止まれ」という意味が通じるのは日本人だけじゃないか! だとしたら、そもそも言葉を発することのない物体、例えば幻心の投げた呪符みたいなものには言葉の意味なんて、関係ない。にも関わらずマスミさんの言霊は、無機物である呪符にすらその威力を示した。
「多くの者が、ここのところで考え違いをしておる。聖書にも『初めに言葉ありき』となっておるように、世界中に言霊の信仰と神秘は息づいておるのじゃ。それが時代が降るにつれ、言葉の意味にのみ拘泥するようになった。その挙げ句、音が同じであれば意味も同じだなどという、ともすれば駄洒落に堕しかねん妄言が流布するに至ったのじゃ。……もっとも、同音が同義に繋がるという面は確かにあるのじゃが、それが全てではない」
 そう言ってから、マスミさんは立ち上がり、ホワイトボードに「言靈」と書いた。言霊とは「霊」の字が違う。
「言霊と区別するために、これを『げんれい』と読むことにする」
「げんれい、ですか?」
 頷いて、マスミさんは続けた。
「この『靈』という字は、雨の下に清らかな珠が三つ連なっていることを示す。その下にあるのは巫(かんなぎ)じゃ。これより転じて清らかにして神秘な力を『靈』と呼ぶ」
 ホワイトボードに次々に板書していくけど、全然ついていけない。話が全然わからないのだ。そんな俺にお構いなしに、マスミさんは講義を続けていく。
「この三つの珠は三柱の別天津神(ことあまつかみ)、すなわち天御中主神(あめのみなかぬしのかみ)、高皇産靈神(たかみむすびのかみ)、神皇産靈神(かみむすびのかみ)を表す。あるいは父と子と聖霊を表し、あるいはブラフマーとヴィシュヌとシヴァである」
 要するに、三位一体を表すのだという。
 まったく訳がわからない。
「じゃが、これは同時に『口』でもある。すなわち、三柱の別天津神の御言葉をも意味しておるのじゃ。あ、このところは漢和辞典には載っておらんぞ。いわゆる漢字の『裏読み』というやつじゃからの」
 裏読みだか何だか知らないけど、そもそも漢字の成り立ちなんて、あんまり考えたことがなかったから注意されてもよくわからないかも知れない。
「神々の御言葉のもとに、巫がある。これは神の意を受ける者であると同時に、神の御言葉によって成っている者をも表すのじゃ。すなわち人は皆、神の声を聞き、その意を解する巫であるのじゃ。じゃからこそ、字の中に『人』が二つある。一つはこの世に生きる肉体(もの)、一つは神の声を聞く靈(もの)じゃ」
 まいった。まったくわからない。もう何がわからないのかも、わからない。さすがに俺の表情からそんなことを感じたのか、マスミさんはほんの少しだけ困ったような笑みを浮かべると、再びホワイトボードに向いた。
「間をすっ飛ばして、結論だけ簡単に言うと、この世にある全てのものは、生物非生物を問わず、言葉でできておるということなのじゃ」


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