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作品名:言凝、幸わう星 作者:ジン 竜珠

第40回 第四章・八
「たく、マスミにまんまと騙されやがって」
 晩ご飯のおかず(ちなみにこの夜はブリの照り焼きだ)を口に運びながら、真雄さんは俺を見る。
 成り行きだったとはいえ、マスミさんの弟子になったことは一応、真雄さんの耳にも入れておいた方がいいだろう。二人は何やら因縁浅からぬ仲って感じだし。……でも、男女の仲って感じはないな。
 とまあ、そんな風に思って真雄さんに話したのだが、案の定、真雄さんは不機嫌になってしまった。
 俺を見る目が、どことなく軽蔑しているような感じがするのは、俺の引け目のせいだろう。
「で? いつから丁稚奉公を始めるんだ?」
「丁稚奉公なんて、そんな。えっと、今夜からです」
「今夜だあ!?」
 いきり立ったように、真雄さんは立ち上がった。
「早いほうがいいから、て」
 それだけを言うのが、実際、やっとだったのだ、俺は。まさかここまで真雄さんが興奮するとは思っても見なかった。
 ふう、と溜息をつくと、ゆっくりとイスに座る真雄さん。
「まあ、こうなっちまったら、しょうがねえ。アーヴィング、お前のことだから心配しちゃいねえが、師弟の礼はちゃんととれよ。あと、これ以上マスミに惑わされんなよ」
「惑わされ、て?」
「まあ、そういうことだ」
「そういう、て?」
「言葉に出さなくても、わかるだろ? お前は男で、マスミは女だ」
 真雄さんは、面倒くさそうに箸で空中に「男」「女」と書いてみせる。
「……わかりました」
 俺は神妙に言った。まあ、マスミさんほどの美人が俺なんかを相手にするとは思えないけどな。
「……これも運命ってやつか」
 小さい声だったからよく聞こえなかったけど、真雄さんはそう呟いたように思えた。

 晩ご飯の後かたづけ、それから翌朝の朝食の、簡単な仕込みをすませ、マスミさんの家(といっても二十メートルも離れていないお隣さんだけど)に着いたのが、午後十時半だった。
「よう来たの。まあ、上がれ」
 出迎えてくれたマスミさんはお風呂上がりなのか、バスローブ姿でほんのり桜色、甘い香りが漂ってくる。
 さっそく惑わされそうだ。
 そんな俺の心情を見透かしたのか、マスミさんはいたずらっぽく笑うと、わざわざ俺の傍まで来て耳許で囁くように言った。
「風呂上がりなものでな、バスローブしか着ておらん。じゃが、室内は暖房が効いておるからの、このまま講義をしようと思うが、どうじゃ?」
「いいええ! 是非、服を着て下さい!」
 俺は思いきり後ずさった。大げさでも何でもなく、俺はバックステップで飛び退いた。
 それを見たマスミさんは一瞬、残念そうな表情になったものの、すぐにいたずらっぽい笑みを浮かべて言った。
 気のせいか、この人はいつも余裕の笑みかいたずらっぽい笑みをたたえてるよな。
「それはとても残念じゃ。主にとっても、有意義な『勉強』ができたのじゃがな」
 思わず喉が、ゴクリ、と鳴った。今の、マスミさんに聞かれてないよね?
 マスミさんは、もう一度変わらぬ笑みを浮かべて、奧に引っ込んでいった。
 聞こえてるな、きっと。


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