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作品名:言凝、幸わう星 作者:ジン 竜珠

第39回 第四章・七
「か、軽い……」
 彼女の体には、まるで重さというものがなかった。俺の呼びかけに、マスミさんはゆっくりと目を開いた。
 でも、視線が定まっていない。血も、額から流れ出るというよりは、溢れ出ると言ったほうがいい。リューカがハンカチで傷口を覆っているが、何の意味もない。見る見るうちにハンカチが血を吸い、そこから染み出して、流れ出ていく。
「アーヴィングか?」
「はい」
「無事で何よりじゃ」
「マスミさんが、かばってくれたから」
 俺が答えると、彼女は力なく微笑んだ。
「しかし、一つだけ残念じゃ。できれば、お主に、儂の全てを伝えたかった……」
「マスミさん……」
「マスミ、マスミ、死んじゃ、やだよ!!」
 リューカに微笑むと、マスミさんは俺を見た。
「できうるなら、お主には儂の全てを……」
 続く言葉は、あまりにかすかで聞き取れない。俺は彼女の手を握って答えた。
「わかりました。俺、あなたの弟子になります! だから、元気を出して! すぐに救急車を呼びますから!」
「本当か?」
 弱々しく言った彼女に、強く頷いた。
「本当に、儂の弟子に?」
「はい」
「男に、二言はないな?」
「はい!」
 もう一度、強く頷いてから、俺はポケットの携帯に手を伸ばした。その時突然、何者かがその手首を掴んだ。心臓が口から飛び出しそうなほど驚いたが、その手の主がマスミさんだとわかって、ますます俺は驚いた。
「マスミさ……!?」
「それを聞けば充分じゃ」
 にまっ、と笑って、マスミさんが起き上がった。
「あれぇーッ!?」
 さっきまで半死人だったマスミさんが、いたずらっぽい笑みを浮かべている。
「これで主は儂の弟子じゃな」
 そんなことを言いながら、彼女は立ち上がる。そして手で額の血をぬぐった。水性絵の具だって、こんなに綺麗に落ちないというぐらい、跡形もなく、そりゃあもう初めから血なんかなかったみたいに、キレイさっぱりと血の跡なんか消え去った。
 はめられたことに気づくのに、そう時間はかからなかった。ということは、リューカもグルか! だが、リューカも口をあんぐりと開けている。……そうか、こいつもだまされたのか。
「ひどいよぅ、マスミぃ! 本当に死んじゃうかと思ったじゃない!」
 リューカはマスミさんにしがみついて泣きじゃくった。
 マスミさんは、許せ、なんてことを言いながらリューカの頭を撫でている。そして。
「すまぬな、アーヴィング。じゃが、どういう手を使ってでも主には言霊、いや『言凝』について教えておかねばならぬのじゃ。そのためには、『弟子にとる』という形をとらねばならん。これは最低限必要な約束事みたいなもので、儂にもどうすることもできん『法則』なのじゃ」
 真剣な眼差しでマスミさんは俺を見る。それを見ると、彼女を非難する気にはなれないのだ。
 やがて人が集まり始めたが、誰も俺たちに注意を払っている様子はなかった。
 これが、「言凝」と呼ばれる力の故であることを、俺はしばらくして知ることになる。


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